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鶴姫と景虎の国盗り経営録 ──戦国の怪物たちを円卓に集めたら資本で世界を取りに行った件  作者: みなと
第5章 北陸編 ~軍旗の誕生、能登の一向宗との戦い、そして日本海の管理者へ~

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64 七尾城攻略戦、四日で門を開けという無理難題

 越中への進軍を準備していた一向宗三万の軍勢は、もはや軍としての体をなしていなかった。

 兵糧を贅沢品に変えられ、内側から腐り落ちた彼らは、飢えと疑心暗鬼に飲み込まれて霧散した。越中侵攻の拠点を失った一向宗は、もはや謙信(輝虎)の本隊に抗う術を持たず、越中の地はほぼその手中に収まろうとしていた。一向宗は歯抜けのように霧散していった。


 だが、火種は尽きない。

 越中の制圧を終え、名目上の同盟者である能登守護・畠山氏へ挨拶に、景虎は七尾城ななおじょうを訪れた。

 その輝虎に対して、歓迎の宴に見せかけ、親一向宗派の重臣らによる暗殺が企画されていた。既に七尾城は一向宗を中心とした勢力によって事実上の支配下に置かれていた。

「……義を解かぬ者に、もはや語る言葉はない」

 以前から連絡を取り合っていた、親上杉派閥の城内重臣・長綱連ちょう つなつらからの情報により、間一髪で窮地を脱した輝虎は、その場で決断を下す。

 能登の巨城・七尾城の攻略を行い、能登を自身の支配下とする。そして、俺、景虎にも福良津から参戦するよう伝令が届いた。

 

 七尾城を望む野陣に、俺の軍は到着した。俺は漆黒の陣羽織を着て馬を進める。後ろには鶴、これまでの明調の服装を改め、鎧直垂(よろいひたたれ)を着込んだふるき、そして宇佐美衆続く。


 馬を降りると「あちらを」と鶴が指差した先。そこには、懐かしい顔ぶれが揃っていた。

「殿!!、お久しぶりです」

 律儀な声を響かせたのは、琵琶島衆を率いる前島だ。その後ろには、相変わらず飄々とした七介と、黙礼する蓮次の姿もある。

 唐沢山で飢餓の中、死線を生き残った彼らはいずれも重傷であった。琵琶島に留まり休養を続けていたのだが、ようやく体調が戻ったとのことなので、七尾の地で合流するように伝えていたのだ。

「前島、七介、それに蓮次。体調はどうだ」

「殿が能登で、たった三百の宇佐美衆だけで派手に動いているのを、枕元でずっと聞かされておりました。居ても立ってもいられなくなって、急いで治してきましたよ」

 七介が俺の肩をポンッと叩く。その再会を祝すような空気は、戦場の緊張感を一時だけ和らげた。

 

 景虎の陣に集った兵は、総勢二千二百。

 その内訳は、現在の景虎の立ち位置を象徴するような、多国籍かつ異色の混成軍となっていた。


小机衆(五〇〇):七介と蓮次が率いる相模からの精鋭。最近、増員と補給の為に、職に溢れた浪人や農民を勧誘している。長槍部隊。

琵琶島衆(一二〇〇): 前島が鍛え上げた景虎の直系。堅実にして強力な本隊。弓隊と長槍部隊 

宇佐美衆(三〇〇): 福良津の惨劇を演出した、栞が指揮する、鉄砲隊。

三門衆(二〇〇):「福良津を自由港にする」という景虎の言葉に共感した、元三門の海人たち。

 

 整列する兵たちを見渡し、小次郎が呟く。

「殿、ふるき殿だけでなく能登の民まで連れてきて。栞姉上は相変わらず怖えし」

「小次郎、口が過ぎるぞ」

 蓮次の短い制止に、小次郎「へいへい」と肩をすくめる。

 だが、これから一向宗の拠点になった七尾城を攻めるのだ。一向宗に恨みを持つ能登の民は、これ以上の適任はいないだろう。そして、城を落とした暁には、今度は全力で守ってくれる筈だ。

「じゃあ、陣を頼む。軍議に行ってくる」

 

 目前にそびえる七尾城。それは能登半島の要衝に建つ、日本屈指の巨城である。五つの尾根に広がる堅固な城塞は、攻める者にとってはまさに絶望の象徴だ。

「……でかいな。福良津の寺とは訳が違う。小田原と良い勝負じゃないか」

 

 七尾城を包囲する上杉軍の陣中は、焦燥の色が濃くなっていた。明るいのは後から合流した俺たちの陣だけではないだろうか。

 輝虎の本隊が正面を叩き、遊軍の顕景が支城を次々と落とすものの、巨大な連郭式城郭である七尾城はその全貌すら掴ませぬほどに強固だった。

 軍議の前に、俺はレクチャーを受ける。

金堀衆かなほりしゅうを出し、水源を三十箇所潰したが、一向に水が枯れる気配がない。奴ら、山そのものを水瓶にしている」

 重臣・柿崎景家が忌々しげに吐き捨てた。

 このまま攻めあぐねれば、加賀から一向一揆の増援が押し寄せ、背後では武田が動き、平定したばかりの越中で反乱が起きる可能性もある。一刻の猶予もなかった。

 天険の要塞・七尾は動じない。城内からは、一向宗の僧兵たちが嘲笑うかのように念仏を唱え、鉄砲の雨を降らせていた。

 「兄上、このままでは犠牲が増えるばかりです。御実城様も焦燥の色を見せておいでだ」


 そこに、輝虎がやってくると、皆が頭を下げる。

 不機嫌そうな輝虎は、ひとしきり報告を聞くと、俺に向かって声をかけた。

「景虎。ここまで出陣して、七尾城を落とせぬわけにはいかないのだ」

「はい」

「なんとか出来ぬか」

(……また、無茶振りを)

「御実城様、景虎殿も何でも出来るというわけではありまい。地道に水源を押さえていくしかないのではありませんか」

 直江が俺をとりなすが、輝虎は一顧だにしない。

「直江よ、その間の補給をどうするつもりだ。越後を何年も空にしておけと言うのか。誰でも良い。誰か妙案があれば申してみよ」

「「……」」

「そういうわけだ、景虎。もう、誰も案を出せぬ手詰まりの状況だ。お前の知恵で、あの城をどうにかしてみせよ」

 輝虎の鋭い視線が俺を射抜く。

「……暫し、考える時間を頂けませんか」

「四日だ。四日の猶予を与える。門をこじ開けてみよ」

(……胃が痛い。四日って何だよ)

「ハハッ」

 どよめく諸将を背に、俺は静かに席を立った。

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