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鶴姫と景虎の国盗り経営録 ──戦国の怪物たちを円卓に集めたら資本で世界を取りに行った件  作者: みなと
第5章 北陸編 ~軍旗の誕生、能登の一向宗との戦い、そして日本海の管理者へ~

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62 ふるきの復讐──こうして信者は(物理で)高みへ旅立った

 数日もすると、越中の街々には一つの噂がはじめは野火のように燻り、やがて山火事のように広がっていった。

『不信心な僧や門徒が近づくと、明の壁が自ら崩れ、彼らを押し潰す』

 実例(俺たちの工作)を伴ったその噂は、狂信的な彼らにとって、恐ろしい神託となった。事が大きくなり、僧兵たちが鎮静化させようとした時はもう遅かった。あちらこちらで不信心者を摘発し戒めようと、内ゲバ、つまり暴力による内部抗争が発生していた。


 越中侵攻の拠点として寺院に居座る一向宗、三万。だが、彼らは一歩も動けずにいた。

 加賀からの補給路を宇佐美衆が寸断しているのは事実だが、それ以上に深刻な事態が陣内で進行していた。

「……まだか。加賀の門徒から集めた米は、まだ届かぬのか」

「それが、途中の寺院で足止めを……」

 僧兵たちが焦燥に駆られる中、さらに追い打ちをかける報告が届く。

「申し上げます! 蔵にあるはずの備蓄米……そのほとんどが、香木や絹織物、そして出所の知れぬ南蛮の酒に交換されていました」

「何だと……!?」

 これこそが、ふるきが仕掛けた贅沢の罠であった。

 包囲を完了する数ヶ月前から、ふるきは明の商人に擬装して近づき、陣中の僧侶や幹部たちに贅沢の味を覚えさせていたのだ。

「加賀からの補給は盤石。余った米を少し回せば、現世で極楽の味が楽しめる」

 そう囁かれた上層部は、すぐに追加が届くことを疑わず、門徒たちが命懸けで運んできた兵糧を、高価な嗜好品へと次々に物々交換していった。そして集合した三万の兵は、そこに潤沢な備蓄があるという前提で糧米を消費していく。その結果、寺の蔵には煌びやかな宝物と、鼻を突くほど高貴な香煙が満ちたが、兵の胃を満たす米はあっという間に枯渇していった。


「旦那様様。敵陣の兵糧、そろそろ底をついたようじゃ」

 鶴が、空腹に耐えかねて逃亡してきた足軽たちの惨状を報告する。

「上層部の坊主どもが如来様への供物と称して贅沢品を買い漁り、我らの米を使い果たした」

 飢えに震える末端の門徒たちの間で、その噂は瞬く間に広がっていく。

「あいつらが南蛮の酒に溺れている間、なんで俺たちは飢えを強いられている!」

 信仰という名の鉄の結束は、空腹の前に、音を立てて崩れ始めていた。不満は、やがて殺意に変わる。


 混乱がいい感じに渦巻いた頃、俺は、ここ、という一点を突く。

 ターゲットは、一向一揆を統率する強硬派の坊官だ。

 彼は、真新しい本堂の奥で、厳重な護衛に囲まれていた。これまで豪華な法衣、石鹸、酒に珍味と、豪勢な生活を続けていたのだが、暴徒に襲われそうになり、加賀から僧兵が来るまで立てこもっているらしい。その本堂の壁は俺たちが作ったものだ。

「……ここだな」

 鶴の部下は、壁の裏側に仕掛けておいた隠し戸を静かに開ける。宇佐美衆は音を立てないよう忍び込み、就寝中の坊官の首を掻っ切った。そして、不信心者、と書いた紙をそっと置いた。護衛たちが騒ぎ出す前に、再び壁の中へと消えていく。


「坊官様が殺されてる!? どうやって、誰が本堂入ったというのだ!」

「馬鹿な、ずっと鍵をかけていたではないか……」

「やはり呪いだ! この寺自体が、不信心者を食らう魔物の口じゃ!」


 別に呪いでも魔術でも何でもない、種も仕掛けもあるトリックだ。だが、緊張状態にあった僧侶たちに、もはや、軍としての統制は存在しなかった。

 疑心暗鬼に陥った門徒たちは、互いを不信心者と罵り合い、各地で内紛が勃発する。

 加賀からの増援も、呪われた能登に入ることを拒む僧兵が増え、足止めを余儀なくされていた。


 福良津 本誓寺 本堂

 薄暗い本堂。中にはうず高く積まれた南蛮の酒に石鹸、嗜好品たち。この世の極楽の筈なのに、集まった坊官たちに笑顔など見られず、皆、険悪な関係であった。

「大体、貴様が考え無しに兵糧を交換したからこうなったのではないか」

「黙れ。お前が毎晩、夜水のように酒を飲むから、足りなくなったのだ」

「おい、まだ兵糧は来ないのか」

「加賀の信徒共は何をしている」

 一人の坊官が呟いた。

「……あの明の商人共が、兵糧を返せばよいのに」

「……」

 その坊官の独り言が周りに伝播する。

「……その通りじゃ。奴らが兵糧を持って行ったのが悪い」

「そうじゃ。こんな状況になったのなら、奴ら、喜んで寄進するべきじゃ」

「……決まりじゃな。この状況でもそうしないのは、奴らが誠の信心を持っていない証よ。……不信心者は討たねばならん」

「仏罰じゃ! 不信心者を皆殺しにせよ!」


 福良津港

 冷たい海風が、殺気を含んで吹き抜ける。

 明の商人が作った石の蔵の前で大勢の僧兵たちが取り囲んでいく。石蔵の前に立つのは、明の商人に扮したふるきだ。

「不信心な商徒よ、その蔵を開けい!」

 先頭に立つ坊官が、血走った目で叫ぶ。

「これまでの取引はすべて無効じゃ。その蔵にある米は、元より我ら門徒が命懸けで運んだもの。今ここで返さぬというのなら、仏罰として一人残らず打ち首とする!」

 ふるきは、坊官の醜悪な顔を静かに見つめ、ふっと口角を上げた。

「……仏罰、ですか」

 その声は驚くほど低く、地を這うような冷たさを孕んでいた。

「かつて、この福良津を焼いた時も、同じことをおっしゃいましたね。私の家族を、家を、すべて灰にしながら、あなた方は『信心のためだ』と笑っていた」

 坊官が眉をひそめる。

「……何の話だ。貴様のような余所者の過去など知らぬわ!」

「そうでしょう。奪う側は、焼いた村の名前などいちいち覚えない。……ですが、奪われた側は、その煙の匂いを一日たりとも忘れないのですよ」

(……ふるき。お前はずっと、この瞬間を待っていたんだな)

 ふるきは後ろを振り返る。すると、蔵の上に旗が掲げられた。漆黒の地に鮮烈な朱で描かれた「懸り乱れ龍」の旗印。

 上杉の総攻撃を意味するその紋様が、たなびいた瞬間、一向宗の数を頼みに押し寄せていた坊官たちの顔色が変わった。

 「……あ、あの旗は……『越後の龍』か!?」


 石の蔵の上部の覗き窓、狭間が開く。そこには、完全武装の宇佐美衆が銃口を僧兵に向けていた。

 狼狽する坊官や僧兵たちをよそに、蔵の扉が重々しく開く。中から現れたのは三段に組まれた、黒光りする最新鋭の火縄銃の銃列だった。

「馬鹿な、なぜこんな後方に上杉軍が!?…… まさか、これまでの怪異はすべて……!」

 俺は、ふるきが用意してくれた陣羽織を力強く羽織っている。背中には『丸に三つ鱗、一翼雀に下向き五根』。一歩前に出ると、ふるきの手に、信頼を込めて軍配を渡した。

「ふるき。随分とお客様が多いじゃないか」

「ええ、お陰様で千客万来です」

「手伝いを約束したお前の復讐だ。大事なお客様の対応だ、お前に任せる」

 ふるきは深く、深く頭を下げた。そして顔を上げた時、その瞳には復讐の炎を見せた。

「——畏まりました、景虎様」

 ふるきが右手を高く掲げる。三百の銃身が一斉に、欲にまみれた僧兵たちの胸元を捉えた。

「当店の石鹸は、お気に召しましたでしょうか? 身を清め、酒を楽しみ、いよいよ仕上げのアフターサービス……『仏の御元への直行便』をご案内いたします」

 ふるきの持った軍配が、力強く振り下ろされた。

「お買い上げ、誠にありがとうございました! ——一斉斉射!!」

 ドォォォォン!!

 福良津の空を、地獄を焦がすような轟音が切り裂いた。

 鉛の弾丸という名のプレゼントが、祈りの言葉を吐く暇も与えず、強欲な坊官たちの胸を次々に撃ち抜いていった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます!


ついに、ふるきが長年温めていた復讐ができました。

明の商人に化けて贅沢を覚えさせ、内部から兵糧を枯渇させる……という経済からの一斉斉射の流れ、とても楽しく書いていました。


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