6 工業化と軍事化を同時に進めるのが戦国経営だ
小机城下の外れ、煤けた煙突が立つボロ工房。
俺は、前世で下請け工場の現場を回った時と同じような感覚を感じながら暖簾をくぐった。
「鉄造。仕事だ」
小机衆の地侍の一人が話しかける。
暫くすると、のそのそと酒瓶を転がしながら中年の男がやってくる。
(暫く仕事をしていないな)
俺は作業場の汚れ具合を眺めながら、この男の状況を整理していった。
「何です? 何をお作りに?」
「新しく小机衆の代官となった三郎様からの依頼だ」
「代官だぁ?俺ぁ北条の正規の仕事しか受けねぇ主義なんだ」
床の酒瓶を蹴飛ばし、また寝ようとする。
(うだつの上がらない頑固職人か。損をしてそうだな)
俺は無言で、数枚の設計図を叩きつけた。現代力学と流体力学を応用した、応力分散型の搾油機のフルスペック図面だ。
「……なんだこれ。ただの絞り機じゃねぇ」
鉄造の目が変貌した。
「テコの支点をずらし、溝の角度を流体の理で最適化した。今の木製機は三割も油をロスしているが、これなら搾油率は三倍に跳ね上がる。……鉄造、お前をこの製造部門の技術責任者に任命するよ。職人としてじゃない、組織のリーダーとしてだ」
「三倍だと……? 冗談じゃねぇ、そんなもんが出回ったら相場が崩壊して……」
「暴落させればいい。安くなった油を俺たちが買い叩き、独占して他国に高値で売りつけるんだ」
鉄造が息を呑む。
「失敗したらどうする。俺はこれでも正規の仕事で食ってるんだ」
「お前はいつまで、北条宗家から降ってくる下請仕事で満足してるつもりだ? 代わりが利く受託なんて、あとは単価を叩かれるだけの消耗戦だぞ。お前、最近発注が減ってるだろ?」
鉄造が言葉を詰まらせる。図星だ。
鶴姫の事前調査通り、彼は生産の調整弁として干されかけていた。ヘッドハントには最高のタイミングだ。あとは夢を与えてあげれば良い。
「鉄造。俺と一緒に、この国に工業を創らないか? 歴史に名を残すチャンスだぞ」
鉄造の目がギラつき始めた。
「工業ってのは、これまでと何が違うんだ?」
「これまでのは「あなたに特別な一品を」手間暇かけて作る職人仕事だ。俺が言う工業っていうにはな。みんなに同じものを安く大量に作る産業だ」
「それは、俺に安いものを作るよう矜持を捨てろってことか?」
「そうではない。一部の金持ちしか手にはいらないものから、誰もが手にはいるものに変えて、世の中を豊かにするんだ。お前が頑張ると皆が感謝するんだぞ。やり甲斐あると思わないか?」
「……面白い。やってやるよ! だが若様、俺一人じゃ手が足りねぇぞ」
「安心しろ、人も金も俺が用意する。人はな、寺の借金から救い出した、若くて健康な男たちだ。仕事の工程を分業化して、すぐにラインにしてやる。お前は機械の開発に集中して、一刻も早く作りあげろ」
工房を出ると、影に潜んでいた鶴姫が音もなく隣に並んだ。
「三郎様、詐欺師の才能があるんじゃ?」
「心外だな。誠意をもってコンサルしただけだ」
「コンサルが何かわからねが、あんな夢を見せられたら、誰だって自分が世界の中心だと勘違いするわ。……夢の見せ方がえげつないのじゃ(小声)」
「……何か言ったか?」
「『タチが悪い』と言ったのじゃ。わかっていてやっているのじゃろう?」
鶴姫はふう、と溜息をつくと、俺の耳元で囁いた。
「あの鋳物師、少し口が軽そうね。この設計図が漏れたら独占が崩れるわ」
「……対策は?」
「ふふ。鉄造の家族を私の側近(人質)として召し抱えたわ。これで彼も、余計な夢を見ずに働けるでしょう?」
(……有能すぎて怖いわ、この姫様)
「完璧だ、鶴。それでは俺たちの事業を始めよう」
夕闇に沈む小机の町。
次は、この機械によって溢れることになる余剰人員をどう武装させて、軍事力に変換させるか。
……長槍の量産も、鉄造にやらせてみるか。
幻庵のじじいから二ヶ月の猶予をもぎ取った俺は、鉄造に機械の開発を任せたので、出来上がる迄に現状をよ見ておこうと小机の村々を視察して回っていた。
「……非効率だ。労働力の適正配置がまるでされていない。家毎に仕事をしているんだろうな」
目の前にあるのは、村人が各々、手作業で胡麻を叩き、原始的な重石でちびちびと油を絞る光景だ。一人あたりの生産性が低すぎる。これじゃ余剰人員なんて生まれるはずもない。
前世の古い工場もそうだった。継ぎ足しで購入した機械の配置がデタラメで、工程間の動線がスパゲッティ状態だった。それを指摘すると、現場は「昔からこうだ」「直す時間も金もない」と言う。
人これまでのやり方を変える事に拒絶反応を起こす。だから、効果があると自分で見たことがない最新の機械を入れて工程を変えるのなら、改善じゃなくて、一度更地にして新しいラインを組む方が手っ取り早いんだ。
俺は、鉄造が搾油機を完成させるまでに、極楽寺の借金に喘ぐ村の働き盛りを十数人、高給でヘッドハンティングした。
「お前たちは今日から農民じゃない。俺の事業の技術員だ」
鉄造謹製の搾油機を並列稼働させ、工程を徹底的に分業化していった。
運ぶ者、蒸す者、絞る者。水時計でリードタイムを計り、無駄な動線を削ぎ落としていく。
「三郎様、これ……面白いように油が出てきますな!」
最初はポカンとしていた連中も、目に見えて結果が出れば勝手にやる気を上げ始めていく。改善は小さな成功を味わせるに限る。良い提案には酒を褒美に弾んだ。
半月も経たぬうちに、生産量は跳躍した。村総出で一週間かかっていた量を、俺のチームは数刻で生産した。
「三郎様……これでは、残りの村人の仕事がなくなってしまいます」
不安げな村長に、俺は不敵に笑って言い放った。
「大丈夫だ。暇になった男たちは、俺が預かる。村に置いておけば口を減らすだけの厄介者だが、俺が教育をかけて訓練すれば、人材という財産に変わる」
俺は油の利益を、男たちの給与と食費に再投資した。
そして彼らに与えたのは、四間(約7メートル)の長槍。
「四間……!? 三郎様、こんな棒切れ、重くて振り回せませんぞ!」
「振る必要なんてないんだ。ただ並んで、水平に保て。これは個人の武勇を競う武具じゃない。集団で空間を制圧するためのシステムだ」
俺は個人の能力に依存しない仕組みの強さを、現代で嫌というほど叩き込まれてきた。
身長順に並べ、号令一つで槍を揃えて前進させる。
徹底した規律と連携。これは農閑期だけの素人には不可能な、常時雇用されたプロにしかできない集団戦法だ。
城の櫓から、鶴姫がその訓練を静かに見下ろしていた。
「……面白い御仁じゃ。武士を育てるのではなく、まるで動く壁を作っている」




