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鶴姫と景虎の国盗り経営録 ──戦国の怪物たちを円卓に集めたら資本で世界を取りに行った件  作者: みなと
第4章 関東編 ~二千の潜入、唐沢山の死闘~

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54 唐沢山で飢え死にしかけました

 籠城十日目。

 唐沢山城を包囲する五千の篝火は、夜ごとにその数を増しているように見えた。

 城内の空気は、もはや死臭に近かった。二千の胃袋を支える米は底をつき、今や兵たちは馬の餌にするはずだったぬかや、石垣の隙間に生える雑草を啜って飢えを凌いでいる。

「……景虎様。前島殿が、佐竹の使者と接触したと」

 七介が、暗闇の中で囁いた。その頬は削げ、眼光だけが異常に鋭い。

 俺は重い身体を引きずり、武者だまりの方へと向かった。そこには、月明かりを浴びて独り座る前島修理亮の姿があった。彼の足元には、佐竹の陣から放たれたであろう「肉の焼ける匂い」が染み付いた書状が転がっている。

「……前島。佐竹義重は何と言ってきた」

 俺の問いに、前島はゆっくりと顔を上げた。

「『上杉は遠く雪で身動き出来ず、北条は日和見で動かぬ。このままでは三郎景虎たちは飢え死にする。命が惜しければ、城門を内から開け。越後の余所者を差し出せば、貴殿を佐野の新たな主として迎えよう』……だそうですな」

 背後で七介が刀の柄に手をかける。だが、前島は自嘲気味に笑った。

「景虎様、拙者の琵琶島衆も、もはや限界です。腹が減りすぎて、槍を支えることすらままならぬ。……なぜ、我らを裏切った佐野のせいで、ここで死なねばならんのか。そう呟く者が増えております」

「……上杉も北条も、俺たちを見捨てていない」

 俺は前島の目を真っ直ぐに見据えた。

「鶴と柚子が抜けて十日だ。氏政殿が動いていないはずがない。……前島。お前が俺を売れば、今すぐその腹は満たされるだろう。だが、その後にお前が守るべき誇りはどこに残る?」

 前島は無言で立ち上がった。そして、転がっていた書状を踏み躙ると、俺に向かって深く頭を下げた。

「……心得ております。拙者は、景虎様が与えてくれた大ボラを信じた男。……最後まで、お付き合いいたしましょう。ただし、佐竹の連中には、少し餌を撒いておきます」

 翌朝。佐竹軍は「城内は戦意喪失した」という前島からの返答を信じし、総攻撃の準備を開始した。

 城門付近まで無防備に近づいてくる敵の先鋒隊。俺たちはここ数日、一度も発砲していない。そんな宇佐美衆を「弾切れの案山子」だと侮り、大声で笑いながら名乗りを上げる。

「我こそは佐竹家臣、真壁が配下――」

「……小次郎。あそこの、一番うるさい奴の喉笛を。……一発だけよ」

 栞が小次郎の肩に手をかける。

 小次郎は、震える指を左手で強引に抑え込み、照門を覗いた。十日間、一度も引かなかった引き金。火縄の火が、ゆっくりと薬室へ落ちる。

 ――パンッ。

 乾いた音がひとつ。

 名乗りを上げていた敵将の喉から鮮血が噴き出し、言葉が絶命と共に途絶えた。

 どよめきが佐竹軍を包む。だが、城側はその後、再び深い静寂に沈んだ。

「……おのれ、まだ弾があるのか!?」

 焦れた敵の副将が、盾を掲げて前に出る。

 ――パンッ。

 二発目。盾の隙間、覗き窓を正確に射抜かれた副将が、糸の切れた人形のように崩れ落ちた。

 わずか二発。しかし、その二発の「絶対的な正確さ」が、五千の軍勢を凍りつかせた。

 佐竹の本陣に、得体の知れない恐怖が伝染していく。宇佐美衆は、敵が百人近づこうが撃たない。ただ、「指揮官」が隙を見せたその一瞬だけを、死神のように狙っている。「……撃ってくるのではない。誰を殺すか選別しているのだ。……惜しいな」

 佐竹義重はその統率と腕前に感心したらしい。

 

 十五日目。事態はさらに悪化した。

 城内の井戸が枯れ始めたのだ。前島の家臣の一部が、ついに刃を抜いて俺の前に踏み込んできた。

「景虎殿。まずい。水が無くなれば、人は三日と持たん」

「……北条が、もうすぐそこまで来ている。粘るしかない」

 ジャキッ と、銃を構える音がした。栞が上半身を起こして、家臣一人に照準を定める。

「……少し静かにして。こっちは無駄弾を撃つ余裕がない。威嚇なんかしないわよ」

「「……」」

 永遠にも思えた睨み合いのなか、城外の遥か南の空に、一筋の狼煙が上がった。それは、北条軍が放った、起死回生の合図であった。

「……来たか。氏政殿。……遅いぞ。兄上、借りを返してもらうぞ」

 俺は血の混じった唾を吐き捨てた。

 だが、安堵は出来ない。狼煙が見えたということは、佐竹義重もそれを認めたということだ。

 俺は腹から声を出して言った。

「お前たち、まもなく北条軍が援軍にやってくる! あと少しだ。絶対に佐竹を追い払うぞ!!」

 

 義重は、わずかに眉を動かした。その胸の奥で、冷たいものがひと筋、背骨を撫でていく。

「……嫌な予感だ」

 名将ゆえの直感。だが、彼はその違和感を振り払うように、歯を食いしばった。今さら退けぬ。退けば、坂東太郎の名が泣く。

「全軍突撃! 北条の援軍が来る前に、唐沢山を血の海に沈めろッ!」


 俺は狭間(さま)という壁の隙間に張り付いた栞の横に座って礼を言った。

「栞、助かった。礼をいう」

「景虎様、今から佐竹が攻めてくるのです。全然助かってません」

 そう言いながら、銃口を侵入口に固定する。

「すまん、お前は文官にするつもりだったのだが……」

「謝るところではありません。堂々となさってください。……景虎様は、私たち宇佐美衆、私も弟の小次郎も救ってくださった。私たちはお役立ってこそです。それに。教官殿は我々に死守を命じました。……荒浜での鍛錬に比べれば、大したことはありまえんよ」

(鶴よ、どんなメンタルトレーニングやったのだ)

「……ああ、でも。もし生き残ったら、……ひとつ、褒美をくださいませ」

 俺は空を見上げた。澄み切った青空だ。クソっ、雨降れば水は手に入るのに。……いや、雨が降らないから火縄の威力に敵怯えるのか。。

「おう。どんな褒美がいいんだ」

「私。これでも昔は名家の息女なのです。花嫁が夢なのです。叶えてくれませんか」

「……」

「……駄目、ですか。申し訳ありません、殿を困らせてしまい……」

「必ず、必ず叶えてやる。……だから、死ぬなよ。生きるぞ」

 必ず生きて、ここを守りきってやる。

※お読みいただき感謝します。

今回は、飢えと裏切りの中で揺れる籠城戦を描きました。

景虎たちがどう立ち上がるのか、次回も見届けていただければ幸いです。

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