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鶴姫と景虎の国盗り経営録 ──戦国の怪物たちを円卓に集めたら資本で世界を取りに行った件  作者: みなと
第4章 関東編 ~二千の潜入、唐沢山の死闘~

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51 真田昌幸の協力で、うちの軍を五日間だけ「存在しない軍」にしました

 信州 真田本城近くの村

 夕闇が真田の谷を暗くしていく。パチパチと爆ぜる焚き火の明かりが、そこに集う者たちの顔を赤く照らし出していた。

「……五、六、七……よし、足軽組、欠員なし。全員、足拵えを締め直せ」

 七介の鋭い声が飛ぶ。さっきまでの軽妙な曲芸師の空気は微塵もない。死線を幾度も潜り抜けた精鋭の指揮官の顔に戻っていた。

 蓮次は黙々と己の愛槍の穂先を研いでいた。

「今回の隠し道、湿気が強いと聞いています。火縄の管理を徹底させろ。撃てない銃など、ただの鈍器ですよ」

 栞は宇佐美衆に装備の確認を行なっている。

 その傍らで、小次郎が自分の荷物と格闘している。

「あ、あれ? 皿が……皿が一つ足りない……! まさか関所で忘れてきたんじゃ……!」

「小次郎、だから皿はもういいって言ってるだろ。お前が背負うのは鉄砲の弾だ」

 七介のツッコミが飛ぶ。

「ええい、騒がしい。物見遊山ではないのじゃ、急げ」

 鶴が叱咤していく。

 俺は、地図を広げ、焚き火の火を頼りに工程を確認していた。見上げると、これから進むべき漆黒の山嶺が映っている。

「――景虎殿。出立の前に、少しばかり言葉を交わせますかな?」

 枯れ木の間から、一人の壮年が姿を現した。

 ボロを纏っているが、その眼光は隠しきれないほどに鋭い。後藤源三郎が「親父殿」と呼ぶ、真田昌幸である。

「これはこれは。わざわざのご挨拶、感謝致します」

「親父殿、わざわざ見送りか?」

 源三郎が茶化すように笑うが、昌幸は景虎の前に静かに膝をついた。

「景虎様。この隠し道、源三郎が案内いたしますが……道中、くれぐれも油断なさらぬよう。武田の耳目は、山肌に張り付く苔のようにどこにでもございます」

「承知しています。……そのような中、この度のご協力に感謝致します」

 俺は用意してた重い葛籠を二つ、老人の前に差し出した。

 

「これは……?」

「越後産の塩、それから少ないが硝石を」

「……っ!」

「それならもうひとつ」

 俺はもう一つの葛籠を開けた。さっきまで自分たちが変装に使っていた派手な着物やそして大量の「皿」や「棒」等の小道具が詰まっている。

「仮装行列としての役目は終わった。これらはすべて、里への土産だ。婚礼にでも使い、体よく処分してください。我らがここにいた証拠は、一つとして残したくない」

 昌幸は、俺の意図を察して薄く笑った。

「……左様で。偽装品の処分、確かに承りました。この塩、山のもんにとっては金以上の宝でございます。有効に使わして頂きます。この度の取引、街道を守る役務を真田は違えず致しましょう」

 鶴が近づいてきて、報告してくれた。

「旦那様、準備は整いました」

 俺は改めて昌幸に挨拶した。

「……昌幸殿と約束した期限は五日。ここまで三日を費やした。我らに与えられた猶予は、あと二日だ。それまでに沼田に向かう。一刻の猶予もない」

「ええ。今回の南信濃や北条の動きで注意が他に向いているとはいえ、こちらの異変に間もなく報告が行くでしょう。我らが欺ける期間はそれが限界です。……源三郎、行け。真田の意地をお見せしろ」

「おうよ。親父、あんたも上手くやってくれ」

 源三郎は軽く手を挙げると、闇の奥へと続く細い獣道を指し示した。


 山道に入って暫くすると、月明かりに目が慣れてきた。

「ここからは、音を立てるな。鼻をすする音すら、敵に居場所を教えると思え」

 源三郎を先頭に、二千の軍勢が道とは名ばかりの、断崖絶壁に張り付くような細道を進んでいく。一歩踏み外せば谷底へ真っ逆さま、そんな場所を、俺たちは鎧を軋ませることなく進んでいく。


 甲斐 躑躅ヶ崎館

 ここには領内、領外の情報が休む間もなく届いてくる。土埃を上げて駆け抜けていく騎馬武者は信濃北部からの伝令持ってきた。

 書院で執務を行う武田晴信の元に高坂昌信が入ってきた。

「御屋形様、北信濃のご報告で気になることが」

「北条や徳川ではなく、北か? 上杉も動き出したか?」

 晴信は南信濃の徳川動き、そして甲斐に近づく北条動きへの対処に奔走していた。そんな中の北からの情報だ。半ば自嘲気味になって訪ねた。

「いえ。そうではないのですが、不可解なのです」

 晴信は筆を置いて視線を向けた。

「申せ」

「この三日、越後から信濃の関を通った人数が急激に増えております。塩の商人に富士講、比丘尼、嫁入り行列、曲芸師……。どれもひとつひとつは気にすることはないと思いますが、三日で二千人を超えるのです」

「二千だと! ……バラバラの属性を装った何者かが領内に侵入したか。その後の足取りは?」

「地図を持て」

「それが。その後、いずれの関にもこの人数の記録がなく。忽然と姿を消したとしか……」

 晴信は腕を組ん目を閉じて思案を巡らせた。

 偶然なわけがない。まず、組織だった行動と考えるべきだ。諜報活動にしては目立ちすぎる。ならば二千は軍事行動だ。では、何処へ向かう……

「……昌信。あり得ないが、上杉の軍事行動だ」

「……! では、我らは三方から攻められますか」

「いや。上杉の目的は関東だ。大方、北関東への進軍で、信濃路を使う為の偽装行動だ」

「そのような無茶なことを」

「一人、いるだろう。そういうことをやる者が」

「……上杉三郎景虎」

 昌信は冷や汗を流して続けた。

「そんな、我らの領内を進むなど、まして変装して関を通るなど、正気の沙汰と思えません」

「狂ってるな。だが、皆がそう思うと分かっていて選ぶのだろう。初見殺しはあいつの得意技じゃ」

 晴信はどっと疲れた顔をして続けた。

「今から上野との国境に派遣できる者おるか?」

「……ほとんどを徳川、北条方面に割きましたので、雇いの忍びしか出せません」

 晴信ため息をつきながら話した。

「そうなるように仕向けたのだろうな、あいつは。まあ、良い。出さないよりは出させておけ。どうせ無駄だが、真田にも事情聴取をしておけ」

「御屋形様は、真田が手引きをしたとお考えですか」

「それ以外、何がある。妖術でもあるまいし、真田が手引きしたのでなければ、二千人の痕跡を消すなど出来ぬわ。ん? 妖術……」

「御屋形様?」

「源三郎は、三郎の正体を「新興宗教の教祖」だと断じておったな」

「先日の越後報告そうでしたな」

「昌信。これはその時から用意された軍事行動だ。我らはこれより、真田は仮想の敵と考えねばならない」

「……攻めますか」

「やめておけ。今、粛清に向かえば、本当に四方から攻められる。今回の件は黙認する。それよりも、西上作戦を急がせるのだ。もう、我らが生き残るには、西に向かうしかない」

 晴信深い溜息をついて天井をみた。

「着実に削ってくるな、三郎景虎。こんなことなら人質解放などせねばよかったわ」

「……」

 黙して語らぬ昌信に晴信は語り出す。

「あの若造に信濃を通った通行料は支払わせよう」 

 

 進軍を開始して二日目の朝。

 一行が霧の深い尾根を越えようとした時、最後尾を行く柚子が、背負った三味線の弦を指先で弾いた。

――ベン。

 小さな、だが鋭い音が霧の中に響く。

「……ネズミがおるわ」

 鶴の呟きと同時に、蓮次が音もなく影から飛び出した。

「伏せろ!」

 シュッ、シュシュッ!

 闇を切り裂く手裏剣の音。そこには、武田の忍びたちが潜んでいた。

「小次郎、右だ!」

「ひ、ひえっ! ――おりゃあ!」

 小次郎は、手近にあった大道芸で使った皿を、全力で闇に投じた。変な回転がかかった皿は、忍びの額に直撃し、鈍い音を立てる。

「……あ。当たった」

「お前、その才能は本物だな……」

 七介が苦笑しながら、弓隊に矢を放たせる。音もなく崩れ落ちる忍びたち。鶴は一歩も動かず、その光景を冷徹に見つめていた。

「……死体は谷へ捨てろ。痕跡を残すな。先を急ぐのじゃ」

 俺たちが通った後には、風の音以外、何も残らなかった。


そして、進軍を開始して二日目の夜、真田との約定の期限ギリギリで、俺たちの。眼下に、巨大な城郭がその姿を現した。

「……着いたぜ。あれが沼田城だ」

 源三郎が指差す先、夕日に照らされた城門は、街道整備の作業者たちで活気に満ちていた。

「お前たち、良く頑張った! 沼田城で一晩休む。たらふく飯食え。明日の早朝には出陣だ」

「「「応!!!」」」

※お読みいただきありがとうございます。

本日より、収益化設定をONにいたしました。


読書体験に影響はありませんので、これまで通り楽しんでいただければ嬉しいです。

今後とも応援いただけますと励みになります。

明日(6月16日)も20時に投稿いたします。

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