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鶴姫と景虎の国盗り経営録 ──戦国の怪物たちを円卓に集めたら資本で世界を取りに行った件  作者: みなと
第4章 関東編 ~二千の潜入、唐沢山の死闘~

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50 関所で大仮装大会──二千の兵の潜入作戦

 信濃と越後の国境。本来なら鉄火場のような緊張感が漂うはずの場所は、不安と諦めににも似た感情に支配されていた。

「……また伝令か」

 北の関所を守る小野寺は、土埃を上げて駆け抜けていく騎馬武者を、苦々しい表情で見送った。この北の防衛線から、腕に覚えのある者から南の決戦場へと引き抜かれていく。残されたのは、槍の持ち方さえ怪しい元服したての若造と、肌に染み付いた硝煙の匂いも消えかかった老兵ばかりだ。

「南の徳川に、東の北条……。これで北から上杉が来たら、この関所なんか一瞬で飲み込まれるぞ」

「滅多なことを言うな。俺たちの役目は、不審者を一切通さぬことだ」

 小野寺は自分に言い聞かせるように呟いたが、その心は沈んでいた。そんな憂鬱とは無関係に、関所が俄かに賑やかになった。


 最初に来たのは、五十人ほどの塩商人の小集団だ。

「へいへい、お役人様! 戦になれば塩が足りなくなりますぜ」

 愛想笑いを振りまき、賄賂の小銭を握らせる商人の鮮やかな手捌き。その集団の中に、地味な身なりの男がいた。俺は塩商人に扮していた。


 俺の背後で、二十人ほどの比丘尼びくにたちが低い読経を響かせながら現れ、先頭の「鶴」が放つ得も言われぬ威圧感に兵たちが縮み上がるのを感じながらも、進捗に笑みが浮かぶ。

(……よし。第一陣、八百。まずは予定通りだ)

 この小野寺の関所は役人達を弛緩させることで突破する。これが、俺たちが考えた第一の策だった。第二陣六百は寄合坂へ、そして残りは富士講・巡礼として別ルートへ。

 

 場所は変わり、寄合坂よりあいざかの関所。

 ここは「北の防波堤」と呼ばれる、この国境でもっとも険峻な場所に位置する難所だ。小野寺の関所とは対照的に、ここには一人の熟練の関守、馬場が居座っていた。

 信濃の山々を駆け巡り、数多の修羅場を潜り抜けてきた彼の目は、疲れ切った足軽たちのそれとは一線を画していた。

「……おい、またか。今日は一体どうなっているんだ」

 足軽たちが愚痴をこぼす中、ひときわ華やかな一団が、ゆっくりと坂を登ってきた。

「……お通り願います。越後より上野の国へ、嫁入りの道中にございます」

 先頭で口上を述べたのは、キリリと前垂れを締めた弥次兵衛だ。仕立ての良い直垂に身を包み、商人風の丁寧な腰の低さで通行証を差し出す。

 その後ろには、豪華な装飾が施された駕籠と、それに続く十数棹もの重々しい「長持ながもち」があった。

 担ぎ手は、権左や助蔵ら、開発衆の男たち。彼らは「重うございますな……」と、いかにも豪華な調度品を運んでいる風を装い、額の汗を拭っている。

 だが、その中身は「祝儀」などではない。二重底に仕込まれた鉄砲の銃身と弾薬。そして駕籠の中には、人間ではなく二十挺の火縄銃と黒色火薬の樽が、隙間なく敷き詰められた鉛の玉とともに鎮座していた。

「嫁入りだと? この戦時に物好きな……」

 馬場が訝しみながら列を見やる。

「……ふふ。お役人様、あまりジロジロ見ないでくださいませ。花嫁が恥ずかしがりますわ」

 駕籠の脇に付き添う侍女の栞が、しな垂れるようにして馬場に袖を振る。

 しかし、馬場は、栞のその瞳に、野犬のような鋭い殺気感じていた。

 馬場は歩み寄る。その足取りに迷いはない。

「旅芸人が通るならいざ知らず、嫁入りの人足にしては、随分と太い腕をしているな。……おい、その長持。蓋を開けろ」

 空気が凍り付いた。

 長持の陰に潜んでいた前島が、音もなく愛刀の柄に手をかける。もし蓋が開けば、その瞬間にこの関所は血の海になる。弥次兵衛の喉が鳴り、権左の拳が白くなる。

 馬場の指が、先頭の長持の蓋に触れようとした、その刹那だった。


「お立ち会い! 越後が生んだ奇跡の曲芸、とくとご覧あれ!」

 静寂を劈くような、激しい三味線の音が響いた。

 馬場の後ろから、騒がしい一団が強引に割り込んできたのだ。ベンベン! と威勢よくバチを鳴らし、派手な着物を羽織った柚子が、嫁入り行列の列をかき分ける。

「なっ、何だ貴様ら! 婚礼の一行を確認中だ、どけ!」

 若手の足軽が槍を向けるが、柚子はニッコリと笑って、その槍の穂先を三味線のバチで軽く弾いた。

「すんまへんなぁ! この後の興行に間に合わへんのですわ! ほら、小次郎、ええとこ見せなはれ!」

「……あ、ああっ、危ない! 落ちる、落ちてまうー!」

 悲鳴とともに躍り出たのは、大きな木箱を抱えた小次郎だった。彼は馬場と長持の間に割り込むようにして、手近な石垣の上に箱を積み上げ、その上に震える足で乗った。

 積み上げた箱の上で、小次郎が「おっとっと!」と派手にバランスを崩す。その体が馬場の方へ大きく傾いた。

「おい、貴様! 離れろと言っている!」

 馬場が反射的に身を引く。その一瞬の隙を突き、弥次兵衛がさりげなく空の長持と交換させた。

「……ええい、この狂女め! 婚礼の方の検めが終わるまで黙っていろ!」

 馬場が柚子の胸倉を掴もうとした、その時。


「……お、お助けを……! 離すと、死ぬ、死んでしまう……!」

 小次郎の声が変わった。

 箱から転がり落ちるようにして馬場の鼻先へ着地した彼は、懐から三振りの真剣を抜き放った。

 小次郎は白目を剥かんばかりの必死の形相で、その、真剣を空中に放り投げ、次々と受け止めては回す「刀玉かたなだま」を始めたのだ。


「なっ……狂ったか!?」

 足軽たちが絶叫して後ずさる。

 それは洗練された曲芸ではない。自らの指を切り裂かんばかりの速度で、死の淵をなぞるような狂気の演武。刃が風を切り、馬場の頬を冷たい死の感触がかすめる。

「……これぞ越後の秘儀、『放下ほうか』にございます!」

 柚子が三味線を叩きつけるように鳴らし、おどろおどろしい節回しで唄い出した。

「この童は神の依り代。ひとたび刀を落とせば、その場に呪いの雨が降り、触れた者は三日三晩、血を吐いて死に絶える……。ほら、お役人様! この童を止めて、中身をお改めくださいな! 刀が落ちる前に、さあ!」


 小次郎の目は充血し、涙と汗でぐちゃぐちゃになりながらも、刃物を回し続ける。その「死に物狂い」の熱量は、ベテランである馬場の経験則を超えていた。

(……こいつら、本気だ。一歩でも近づけば、この狂刃に巻き込まれる……!)

 不審を通り越し、生理的な嫌悪と恐怖が関所を支配した。


「…………。……ええい、忌々しい! 婚礼も芸人もまとめて行け! 疫病神どもめ!」

 馬場は吐き捨て、視線を逸らした。

 彼ほどの男でも、この異常な空間にこれ以上留まるのは耐え難かったのだ。

「……おおきに」

 柚子の三味線が、一際高くベン! と鳴る。

 その音を合図に、弥次兵衛たちは「婚礼の荷」を抱え、関守たちが目を合わせないうちに、疾風のごとき速さでゲートを駆け抜けていった。


 関所を抜け、影に入った瞬間。

「……死ぬ。本当に指が飛ぶかと思った……」

 小次郎がその場にへたり込み、ガタガタと震え出した。手の中の真剣は、案の定、彼の袖をズタズタに切り裂き、指先からは僅かな血が滲んでいた。

「……小次郎。あんた、ほんまに『天才的な愛され下手』やな。あんな必死な顔、役者でもできへんで」

 柚子が三味線をケースにしまい、満足げに笑う。


 ――全ては、皆の想定通りだった。

 俺たちはあらかじめ、複数の関所を通過する集団の時間順番を指定していた。婚礼行列が止められた際、背後から「レギュラー」として放下師をぶつけ、関守の判断能力を奪う。そうやって注意力の逸らしを狙ったが、なんとか通用したようだ。

 

 夕闇が迫る信濃の山道。

 バラバラの役割だった者たちが、三味線の音を道標に、真田の隠れ道へと集結していく。

 最後尾で人足に扮した後藤源三郎が、ニヤリと笑って呟いた。

「真田の隠れ道まで、あと少し。……三郎景虎、あんたの描いた策、今のところは満点だぜ」

 山を抜けた先、松明の光が揺れる。

 そこには、一足先に突破を終えた「塩商人」扮した俺が、地図を広げて彼らを待っていた。集まってきた面々の姿を眺めながら、やっと第一関門をクリアしたと喜んでいた。

※お読みいただきありがとうございます。

関所突破で、ここまでの積み重ねがようやく実を結びました。

次回からはいよいよ関東へ入ります。

今日(6月15日)も20時に投稿いたします。


本日より収益化設定をONにいたしました。

読書体験は変わりませんので、これまで通り楽しんでいただければ嬉しいです。

いつも応援いただき、本当にありがとうございます。

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