49 国境突破──二千の兵を商人・比丘尼・巡礼・花嫁に変装させる
「沼田城に着ければ、そこから約二十里(80km)。沼田から、大胡、山上、そして金山を中継すれば、兵は進めやすいだろう」
大胡城:
沼田から赤城山の裾野を南下した位置。上杉家臣・北条高広の勢力圏内にある。
山上城:
大胡からさらに東へ。ここも上杉方(山上氏)の拠点。桐生方面への入り口。
金山城:
新田にある難攻不落の要塞。由良成繁の居城。ここで最後の軍備を整え、唐沢山城へ向かう。
西から東にほぼ一直線で向かう。南はすぐに北条の影響下だ。相越同盟が無ければこんなルートは選べない。
「……長い。あまりに補給路が長い」
伊保野が手を上げた。
「……沼田城の河田殿、大胡城の北条高広殿、そして金山城の由良殿に補給をお願いしておきましょう」
「そうすると、やはりどうやって越後から二千の兵を沼田に連れて行くかにかかってきますね」
「景虎殿。真田は五日間、景虎殿の真田領の通過を『見て見ぬふり』をする」
後藤源三郎が宣言する。
「五日間だけか?」
小机衆の七介が問いただす。
「五日が限界だ。真田は上杉の属国になったわけじゃない。武田の中で敵軍を通すのだ。……真田領に入れば、俺が隠れ道を先導する」
「五日を過ぎれば、真田は武田の監視を避けられず、袋の鼠となりましょう」
伊保野がつぶやく。
「旦那様の動員出来る兵は二千。鉄砲五百、長槍五百を連れて、国境を超えて、細道を抜けるのじゃ。如何に越後から真田領に気付かれず進めるかじゃ。それに、隠れ道に重量のある軍備は運べぬ。どうやって資材を運ぶ?」
鶴がすぐに進軍の問題点を指摘する。
「一つずつ、片付けていこう。まず、軍備をどう運ぶか」
俺の投げかけに権左が手をあげる。
「真田のボロ道だろうが、俺たちが、仮設の橋と補強工事を行えば、軍馬だって駆け抜けられる」
「それではすぐに軍事行動がわかってしまうではないか」
蓮次が短く応える。
「そう、痕跡を残すようなことは出来ない。事前に真田領に物資を運びこむことも出来ぬ」
七介も同様の指摘をする。
伊保野が案を出す。
「二千の兵食を一月分担がせるのは愚策です。いま工事を行っている顕景たち経由で、沼田城に物資を運び込ませましょう。街道工事の資材置き場を装わせれば、景虎様の兵は身軽なまま、隠れ道を走り抜けられるでしょう」
「それが一番現実的だな。弥次兵衛、権左、助蔵。兵二千が携行出来る最低限の弾薬以外は、事前に沼田城に運び込めるように分解が出来るように差配してくれ」
「わかった、分解の構造を考えてみる」
前島が重く口を開く。
「長槍五百、分解して運ぶとなれば、いざ敵と遭遇した際の初動が遅れます。ゆえに、軍の先頭と最後尾は、我ら枇杷島衆、そして宇佐美衆が固め、刀で道を切り拓く。槍を組み立てるまでの時間は、我ら、越後の武士が稼ぎましょう」
柚子が静かに発言する。
「もし……。真田の衆が辛抱しきれんと近づいてくるようなら、その額、遠慮ものうブチ抜かせてもらいます。五日間、何が何でも約束は守ってもらいましょか」
「この嬢ちゃん、怖いな。真田は約束を違えん」
源三郎が不貞腐れて答える。
「そうすると、如何に国堺を超えて、真田領に集結させるかだ」
俺は、上杉・武田・北条・徳川の駒が入り乱れた地図を凝視する。
「……まともに通れば、国境の関所で一網打尽だ。そこでだ、伊保野。お前の配下にやってもらいたいことがある」
「なんですの?」
「軒下(上杉の忍び)に遠江と信濃の国境へ放ち、『徳川家康、信玄の背後を突くべく北上を準備』といった偽の情報を流させてほしい。武田守備隊の意識を、南へと向けさせてくれ」
「承知致しましたわ、景虎様」
「それに合わせ、実家の北条にも動いてもらう」
鶴が目を輝かせた。
「北条の叔父様たちが、武蔵・上野の国境で大規模な『威力偵察』を仕掛けるよう、お願い致しましょう。武田にしてみれば、南からは徳川、東からは北条の圧。……信濃の乱波どもが、そっちの対応で手一杯になる隙を作りやすくなるでしょう」
(まあ、氏照兄上と氏邦兄上は、その後、上総に転進するだろうがな)
「その『隙』を、私たちが突き抜けるわけですね」
宇佐美小次郎が笑みを浮かべる。
「小次郎。いくら騒動を起こさせても、上杉と武田の国境が無防備なはずがない。睨み合いが続く最前線。そこを二千が抜けるには偽装が必要になるでしょう」
「ならばどうするんだ、姉上」
姉の栞が提案する。
「……二千の兵は小分けにして、ただの『越後から物資を仕入れに来た商人』として歩かせてみては如何でしょう。武田の役人が南の『徳川出現』の報に右往左往している横を、愛想笑いを振りまきながら通り抜けてやりましょう」
伊保野が助言する。
「武田の役人が来ても、『信玄公公認の通行証(偽造)』を見せて堂々と通りましょう。蔵田殿に用立てしてもらえば良いでしょう」
「何を運び込みますか」
「……やはり塩ですか」
「南の徳川も戦になると聞けば、塩はより求められるでしょう」
鶴が意見を述べる。
「旦那様。流石に二千の商人は、この辺りの役人も馬鹿じゃなきゃ怪しむじゃろう。どうじゃろう。商人以外もやってみぬか」
「何になりすまそうか?」
「五百人は塩商人。だが、別の五百人は箱根権現の比丘尼でどうじゃ」
「なるほど! 宗教か」
「うむ。像を納める長持なら、分解した鉄砲や槍を入れても誰も中を改めようとはせん」
「それなら、上野で寺社の再建や「御開帳」が行われるという名目で、勧進聖として、僧侶やその一行を装わせてもよいですな」
「あと百人か二百人くらいでしたら、嫁入りも良いですな」
「嫁入り」
栞が目を輝かせる。
「はい。越後の家臣の娘が上野の武家に嫁ぎに行くと。豪華な駕籠を数台用意し、その後ろに「嫁入り道具」を積んだ長持を延々と続けさせます」
「……あの、私、花嫁やりたいです」
栞が手を上げる。そんな栞を、伊保野、鶴、柚子が冷たく睨みつける。
「……配役は後で考えよう」
「……さらに数百人ですか。ならば、『富士講』と『勧進相撲』などどうでしょう」
「お相撲さん、ですの?」
「ええ。体格のいい連中にまわしを締めさせ、力士として歩かせる。関所で役人に『一丁、見せてくれ』と言われれば、これ幸いと、屈強な兵たちが土俵で暴れている隙に、後ろの荷車を通しもらえばいい」
「残りの五百は、富士山を目指す巡礼者だ。彼らが突く金剛杖は、そのまま槍の柄になる」
「こんな仮装が、真田領で忽然と消えるのですね」
俺はこれまでの皆の意見を取りまとめた。
「よし。真田領までは『塩商人』。集結後は隠れ道を全力で駆け抜ける。源三郎、道案内を頼む。伊保野、鶴、陽動の準備を。……これより、歴史に名を残す電撃戦を開始する」
「「「応!!!」」」




