42 商人美少女と偽装外交したら、一向宗が贅沢品に釣られました
春日山城 書院
俺は再び義父の輝虎に面会を求めた。外交の話なので、事前に柿崎景家に相談したところ、一緒に御屋形様へ相談に伺おうとなった。
「景虎よ、街道整備の軍資金は驚異的な金額を集めたと直江から聞いたぞ。これで軍役も楽になるだろう」
「御屋形様。今回は商人たちが御屋形様の義と、この上杉家の将来に期待して投資をしてくれました。勿論、街道整備に大部分は使われますが、今すぐ全額が使われるわけではないのです。その金の一部を、軍事にも商いにも役になることに投資させてください」
途端に面白くなさそうにする輝虎。
「なんだ、軍備の相談ではないのか。……まあ、金も遊ばせるな、ということか。では、今日はどのような要件だ」
「本日は越中攻めに向けた外交の提案です」
「ほう!聞かせてくれ」
(やはり戦ジャンキーなのだろうか)
俺は越中と能登中心に描かれた地図を取り出した。
「同盟と離間の策、そして獅子身中の虫をやってみたいのです」
一刻後。
「わかった。やってみよ。先日も伝えたが、春には動く。それまでに整えよ」
「ははっ」
書院からの帰りに柿崎は俺に言った。
「景虎殿。畠山の件は私に任せませんか」
「それは有難いです。是非、宜しくお願い致します」
そして、俺はふるきに伝える。
「ふるき。御実城様のお許しが出た。お前は、演技は得意か? 得意なら、明の豪商の娘としてお前を仕立て上げ、一向宗の門徒共に、明から交易が来たと思い込ませる」
「……何を」
「お前、持ってるよな、唐船」
「……っ」
「出し惜しみは無しだ。今、必要になった」
「……それは、越後の入り江に隠してあります。三門一族伝来の唐船です」
「少し派手なくらいに装飾をして、船旅を楽しもう。お前も着飾ってくれ」
「あの、景虎様。どちらに向かうのです?」
「福良津だ」
宵闇に包まれた能登、福良津。かつての繁栄は影を潜め、一向宗の略奪と放火の跡が痛々しく残るこの港に、異形の巨船が一隻、音もなく入港した。
そに唐船は明の意匠を施し、極彩色の旗を掲げ、鮮やかな提灯で照らされたその姿は、荒廃した港に、在りし日の賑わいを想像させる光景だった。
甲板から福良津の港を見るふるきの顔は固い。
「……景虎様。私一人の手で、あの一向宗の鬼どもを欺ききれるでしょうか」
「案ずるな。お前は『明の豪商の娘』だ。欲にまみれた生臭共を手玉に取ってやれ」
ふるきの指先が、わずかに震えていた。
恐怖ではなく、十数年押し殺してきた怒りと、故郷を奪われた悔しさが、胸の奥で煮え立っているのだ。
(……必ず取り返す。あの日、海が赤く染まった理由を、私は忘れていない。奪われたものは、必ず奪い返す)
ふるきは深く息を吸い、表情を凍らせた。今の彼女は復讐者ではなく、明の豪商の娘という仮面を被った商人だ。
福良津・本誓寺 奥書院
一向宗の有力者であり、この地の実質的な支配者である老僧、顕如の末端に連なる一族の老僧が、怪訝そうな面持ちで上座に座っていました。その前で、深々と頭を下げる「明の豪商の娘」――ふるき。
彼女は、貂の毛皮をあしらった豪奢な明風の直領を纏い、景虎から受け取った「偽造された明の通行証」を恭しく差し出しました。
老僧の眉間には深い皺が刻まれていた。近年、門徒の不満は高まり、加賀からの支援も細りつつある。戦は続くのに、銭は減る一方。
寺内では、兵糧不足と門徒の不満が渦巻き、内部崩壊寸前だった。「銭が足りぬ」「加賀も助けてくれぬ」――そんな声が日々老僧の耳を刺していた。焦りと疲弊が、彼らの判断を確実に鈍らせていた。
(……何か、金になるものが欲しい。硝石でも、贅沢品でも)
「……明の商人と申すか。この福良津は、阿弥陀如来の慈悲に満ちた聖域である。不浄な異国の者が、勝手に足を踏み入れる場所ではない」
老僧の声には、警戒心と、しかし、それと同時に金目の物への卑しい期待が混じっていた。背後に控える俺は、この場では通辞の助手を装い、深頭を垂れている。
ふるきが、鈴を転がすような、しかし凛とした声で応えます。
「……おいたわしや、大徳。これほどの聖地が、先の戦火でこれほどまでに荒れ果てているとは。我ら三門の徒は、かつてこの海を渡り、神仏への供物を運んだ一族です。故郷の惨状を見過ごせず、明の富を以て、この地に現世の極楽を再建せんとして参ったのです」
「ふむ。我らは仏敵と交戦中だ。我らが喉から手が出る程ほしいものは硝石だ。お主らは硝石を持っておるか?」
「……硝石? ああ、あれは明の皇帝が厳重に管理しておりまして、一介の商人が持ち出すのは骨が折れるのです。ですが大徳、それ以上に『如来様の御姿』を輝かせるものを持ってまいりました」
ふるきが目配せをすると、俺が静かに二つの漆器の箱を差し出した。蓋を開けると、そこには白い精製砂糖と、石鹸であった。
「な、なんと……。この白き砂は、甘露か? そしてこれは石鹸ではないか……」
老僧は、指ですくった砂糖の甘さに目を見開き、あまりに白い石鹸に心が奪われる。石鹸にはあの大明の字がしっかりと刻まれていた。
「これこそが、日の本にはない明の至宝。……街道が整い、我が船が安穏に福良津へ入れるならば、これらを定期的に寄進いたしましょう。硝石のような物騒なものより、如来様はお喜びになるはずでは?」
後ろに控える俺は、平伏しながらほくそ笑む。
「……よかろう。その石鹸、如来様への寄進として受け取ろう。港の北側、廃墟となった一画を『明人租界』として貸し与える。ただし、我らの目が届かぬことはするなよ」
「――寛大なるご処置、痛み入ります」
ふるきは再び深く頭を下げました。その顔には、商人の笑みが張り付いている。
(食え。溺れろ。贅沢に慣れ、俺の持ってくる嗜好品なしでは生きていけぬ体になるがいい)




