39 蔵田屋の正体を暴いたら、商人美少女が出てきました
蔵田から、デモンストレーションの翌日の夕方、蔵田屋の屋敷で食事をしながら話したいと連絡がきた。
俺は指定の時間に蔵田の屋敷に着くよう、春日山から直江津に向かう。
「中西、いるか?」
「……はい、ここに」
「蔵田殿に限って俺を討つことは無いと思うが、周りはそうとも限らない。今からの会談内容は極秘だ。周囲に気を配ってくれると有難い」
「……既に手下を配備しております」
俺は仕事出来る中西に感謝しながら、直江津の市街へと足を進めた。
「貴方とは、一度ゆっくり話したいと思っていました」
夏の夕闇の中、鹿威しの音が庭に響き、空には月が昇ってきた。俺は蔵田からの酒を杯に注いでもらいながら応える。
「こちらこそ、先日はお叱り頂きありがとうございました。おかげでやりたかったことを先に進めることが出来ました」
(こいつが門前払いした、という噂が、俺を取るに足らない者という印象を周囲に植え付けてくれた。有難いことだ)
俺が笑みを浮かべて、今度は蔵田に酒を注ぐ。
「……その顔が、本来の景虎様ですかな。昨日の破岩杭の実演。度肝を抜きました」
「蔵田殿のおかげですよ。荒浜に注意を向けられず、開発に集中出来ました」
「荒浜と言えば、先日の依頼。魚の骨や内臓、木炭を買い付けたい、しかも定期的に。確かに直江津の美化に貢献しましたが……それらは何に使っているのです? まさか奇術ではありますまい」
「ご存じの通り、有機栽培の肥料作りですよ」
「……利器の開発を秘匿にするためで、そんなに大々的に行うものですか?しかも大きな鉄鍋を何個も作らせたとか」
「特殊製法なのです。だから、結果として、このようなものも出来る」
そう言って、俺は横から小さな箱を手渡した。
「開けてみても?」
「勿論。気に入って頂ければ差し上げましょう」
蔵田は訝しみながら箱を開ける。油の火を頼りに中身を確認し、手で触り、愕然とする。
「……!!これは、硝石!」
「蔵田五郎左衛門、あまり火に近づけないほうがよい。火とは相性がよいので」
「まさか、これをどうやって手に入れたので」
「先程申し上げた通り、有機肥料の製造過程で生み出したのです。さて、そろそろ本音で語りましょうか、蔵田殿」
そう言って、俺は隣の部屋に声をかける。
「景虎様、五郎左衛門は私ですが」
そこで俺は杯を置いて話す。
「そろそろ本人が出てこい。ここからは商いの話だぞ」
「……!」
蔵田は脂汗を流して黙る。
やがて、隣の部屋とのふすまが開いた。そこには俺と同い年くらいの利発そうな少女が座っていた。
「お初にお目にかかります。蔵田五郎左衛門にございます」
「上杉三郎景虎です」
俺も続けて会釈する。
「景虎様、いつからお気づきになっていましたか」
「初めての面談の時。この老人は途中で立ち上がり、我々に背を向けた。あの動作は拒絶の意思表示にも見えるが、商人とはいえ、武器を持った者を相手に背を向けるのは、些か不自然に思えた。それで動作を観察していたが、手の動きが、何かの合図に思えた。そして、その後の言動の静かさ。何か指示を受けたと考えた」
「それだけでわかるものですか?」
「流石にそれだけではわからない。しかし、疑問に思ったのならそこは確認をする。知っての通り、正室の伊保野は越後の目と耳を持つし、側室の鶴は耳がよい。そこから確証を得るのは難しくはなかった。蔵田殿はほとんどの者にこのことは知らせていないのだろう。だから、今日は俺だけで来た」
少女は嬉しそうに扇を広げた。
「素晴らしい。やはりこれまでの姿は擬態でしたか。爺、もう下がって良い。ここからは私がお相手致しましょう」
「しかし……」
「私は同じ事を二度言いたくない」
「はい……」
爺と言われた男は退出していく。その後ろ姿に「私にも酒と肴を用意して」と追い打ちをかける。
再びの静寂。庭で鹿威しが鳴った。
「さて、景虎様。既に破岩杭というとんでもない成果をお見せ頂きました。銭の相談と仰っていたとのことですが、如何ほどご入用ですか? 五千貫でしょうか、一万貫でしょうか」
「五万貫(六十億円)」
「……」
少女は無表情になる。
「越後中から掻き集めても、そのような銭はないでしょう」
「いや、策がある。これを見て頂きたい」
俺は、困惑する少女の前に、一枚の「紙切れ」を差し出した。
「……景虎様。これは何ですか? 護符ですか?」
少女が怪訝そうに、俺が制作した『越後街道奉納手形』を指で弾く。
「いいえ。それは未来の通行料を今に凝縮した証書です。蔵田五郎左衛門、街道を作る銭がないなら、銭は作ればいいのです。……このように、紙に刷ることで作ります」
俺は、上野と越後の地図の上に指を走らせた。
「この紙を買った商人は、街道が完成した後、十年間の通行料がタダになります。さらに、多くの協賛を頂くことで、宿場町の一等地に店を構える権利も得られます。上杉家はこの紙の価値を、保証致します」
「……つまり、御実城様に『嘘をつけ』と言うのですか? まだ出来てもいない道の通行証を売ると」
少女の瞳が鋭くなる。
「嘘ではありません。『必ず成し遂げるという意志』を換金するのです。義父上が『この道は成る』と言えば、道は成る。……毘沙門天に誓って成ると言った言葉は金塊よりも重い。そうでしょう?」
俺の笑みに少女は押し黙った。
「更に、軍役奉仕と違って、平和と産業振興への協賛なのです。きっと、こぞって参加頂けると思いますよ」
俺が計画を話し終わると、少女はうっすらと額に汗をかいていた。
「景虎様……。これは、あまりに危ういです。万が一、街道が未完成に終われば、蔵田屋の信用は地に落ちます」
「五郎左衛門殿。商売に危険は付き物でしょう?」
黙る少女の前で、もう一箱の硝石と菜種油を取り出す。
「荒浜で採れたこれらの製品。これが、街道の完成によって迅速に運搬出来るようになる。上野を起点に関東に物資を潤沢に送れる。人も、そして勿論、軍も」
俺は声を潜め、獲物を追い詰めるように囁いた。
「この手形の販売、および街道周辺の商業利権の差配……すべてを蔵田屋に委託したい。貴方は、ただの商人から『上杉の財務責任者』へと成り上がるんだ。どうする? 降りるなら、隣町の商人を呼ぶだけだが」
「……っ。……承知いたしました。この蔵田屋、全財産と全ての交流、情報を投じ、この権利を越後中に売り捌いてみせましょう」
蔵田とに会談の帰り道。
「中西、いるか」
「はい、ここに」
「お前は蔵田五郎左衛門の正体はあの少女だと知っていたのか」
「さて。……蔵田殿は、怯えておりましたな」
「そうか? 真面目に公共事業の資金調達を考えていただけなんだがな」
中西がクスリと笑った。
「……蔵田屋への委託。表向きは信頼ですが、裏では『不祥事があれば一族郎党消す』という脅しを込めてましたね」
いつになく中西は饒舌だった。
「なんだ、中西。お前はそんなに喋るのか」
「今日は少し、嬉しいのです。御実城様の認めた景虎様がいよいよ動き出すのが見れそうで」
俺は夜風を吸い込みながら、静かに笑った。
「……戦で勝つ必要なんてない。勝つ前に勝っておけばいい。敵が刀を抜く前に、足場を奪い、補給を断ち、判断を誤らせる。気づいた時には詰んでいる。それが一番効率がいいんだよ。その原資を、まずは山のような財をみせてやるよ」
本日もお読み頂きありがとうございました!
ついに三人目のヒロインが登場し、戦国クラファン(国債)の仕込みを始めました。
次回明日20時は、
「バブルを起こしたら、直江が本気で詐欺扱いしてきました」
です。お楽しみに!
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それでは明日もお楽しみに。




