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鶴姫と景虎の国盗り経営録 ──戦国の怪物たちを円卓に集めたら資本で世界を取りに行った件  作者: みなと
第3章 戦準備編  ~荒浜の奇跡と、戦国を変える技術革命~

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38 武田は俺をペテン師扱いし、真田は俺と提携しました

 甲斐、躑躅ヶ崎館。

 三増峠の敗戦から立ち直れぬまま、北条・上杉の包囲網に喘ぐ。最近は金山の生産量も落ち、ジリ貧になりつつあった。

「銭がない、兵がいない、運も悪い。三増峠であの北条に、武田の強みを奪われた」

 晴信が吐き捨てる。館の空気は泥のように重い。

 そんな中、越後への斥候に出していた後藤源三郎が膝を突いた。

「御館様。三増峠の悪夢は、ただのまぐれであったに過ぎませぬ」

 武田晴信は疑り深く、源三郎を睨みつける。だが、その隣では、己の失態を挽回しようと焦りを感じていた勝頼が、源三郎の言葉に縋りつこうとしていた。

「何を根拠そのようなことを言う」

 側に控えてい小山田信茂が詰問する。源三郎は、少し嘲るような表情ををして答えた。

「あの北条三郎。今は景虎という立派な名前まで手に入れましたが。……本性は、ただのクズ。越後では鼻つまみ者で、誰にも相手にされておりませぬ」

「それは誠か。輝虎が認めて名前を与え、一門衆にまでしたのではなかったのか」

「北条への義理でしょう。頭に花を咲かせて商人に交渉し、全く相手にされなかったとのこと。あやつ、居場所がないゆえに秘術だの奇跡だのに傾倒し、その術で、荒浜という何も無い病んだ地の民をたぶらかしておるようです。ある種の教祖のようですな」

 源三郎は、三郎の正体を「新興宗教の教祖」だと断じた。 

「実は、その奇術を確認してまいりました。春日山の近くに居多ヶこたがはまという断崖絶壁があるのですが、重臣たちの前で、そこの大岩を破壊する実演をしておりました。私の部下達が周囲を事前に確認しておりましたが、何のことはない。相模から連れてきた忍びたちを使って事前に亀裂を作っておりました。ただの偶然とコケ脅しです」

「……むう」

 源三郎はいよいよ虚実を取り込んで説明していく。

 (これじゃあ、どっちが詐欺師か分からぬな。だがもう一押しだ)

「実際、越後では義弟の長尾顕景(景勝)が『あんなイカサマ師、上杉の汚点だ』と激怒し、内紛寸前です。……つまり、放っておけば勝手に自滅する異物です」


(よく喋る。源三郎よ、嘘を言う者は雄弁になるものだ)

 晴信は疑う。しかし、敗戦の責任を感じ、焦燥に駆られていた勝頼が、食い気味に身を乗り出す。

 勝頼は、源三郎の言葉を聞きながら、拳を震わせていた。その震えは怒りではなく、安堵に近いものだった。

(……そうだ。あれは偶然だった。奇跡だった。俺が、父上が、武田が、負けるはずがない)

 勝頼は、自分でも気づかぬほど必死に源三郎の言葉に縋っていた。

「……そうか。やはり三増峠は実力ではなかったのだな? 奇跡を演じねば立ち行かぬほど、奴は追い詰められている……。源三郎、今の言葉に偽りはないな!?」

 晴信は勝頼の必死な目を見て、深いため息をつく。

(勝頼よ。お前は今、真実を確かめていない。縋るものをを求めているだけだ。三郎がクズであってほしいと願っている)

「……ああ、そうだ。そうでなくては困る。あんなガキに、俺たちが何年もかけて築いた軍略が敗れるはずがないんだ。……聞け! 越後の三郎はただのペテン師だ! 恐れるに足りん!」

 これまで憔悴していた勝頼が、源三郎の言葉に意気揚々とする。

 しかし、晴信はあえてそれを否定しない。否定すれば、今の武田の士気が崩壊するからだ。晴信は、勝頼の心が壊れかけていることを悟り、あえて源三郎の嘘を否定しなかった。

(……義信がいればな。このような短慮も無かったであろうに。三郎、お前はやはり恐ろしいな。勝頼の眼をこれほどまでに曇らせるとは。源三郎の嘘を、勝頼が真実に変えてしまった)

 晴信は亡き長男の義信のことを少しだけ懐かしんだ。だが、武田を生かすには前に進むしかない。

「……三郎は無視だ。そのような者を構う暇はない。全軍、西へ向かう。これ以上、塩攻めを受けるわけにはいかない。遠江国とおとうみの徳川を平らげ、海に出る。塩を手に入れるぞ」

 こうして、武田の西上作戦は開始されることとなった。家臣たちは来たる戦に備えて準備をすることになる。


 源三郎は父・昌幸から真田の命運を託され、信濃の薄暗い道を超え、再び越後への道を駆けていた。公式には「武田家による越後攪乱の密命」を帯びた隠密行だ。晴信は源三郎に、越後での内乱を誘発するように命じた。意気揚々と道を駆ける。だが、その本心は主家に対する真っ赤な裏切りだ。

「……クハッ、笑えてくる。親父も俺も、武田の屋台骨が軋む音を聞きながら、泥舟から飛び出す準備をしている」


 夜の帳に包まれた荒浜は、陽気な声に満ちていた。昼間の作業を終えた人夫たちが、景虎が振る舞った酒と食事を囲み、松明の光の中で笑い声を上げている。源三郎はその光景を眺めながら道を進む。

(ここまで妨害されずに来れたということは、相手は気づいているのだろう)

 実際、街道にも防風林にも、鶴の部下達が複数控えていた。

 背中に冷たいものを感じながら、源三郎は先に進んだ。その喧騒から少し離れた、海風の吹き抜ける丘の上で景虎を見つけた。


 俺は、波打ち際に腰を下ろし、月光に照らされる日本海を眺めながら、鶴と酒を飲んでいた。

「……そこまで来ていて、名乗らぬのは礼儀知らずだな。こちらに来て、一緒に飲まないか。真田のご子息殿」

 景虎が振り返りもせずに口を開いた。源三郎の心臓が跳ねる。

「……気づかれていたか。流石は三増峠の魔王殿だ」

「なんだ、その厨二病みたいな呼び方は。よしてくれ。あの時は必死だっただけだ」

「ちゅうにびょう?」

「いや、忘れてくれ。俺のいた世界の悪い病気だ」

「病なのか?」

「……子供が背伸びして大層な名前をつけたがるような恥ずかしさ、という意味だ。それより、躑躅ヶ崎館つつじがさきやかたでの報告は済んだのか?」

 景虎が近習に言って席を用意させる。源三郎は今更警戒しても仕方がないと着席した。

「貴方のことを新興宗教の教祖まがいだと報告した」

「ほう。それ良いな。少し派手な着物でも羽織るか?」

「似合いそうじゃな、旦那様」

 鶴も微笑みながら、侍女に言って源三郎の前の盃に酒を注がせる。

「貴方が幻庵の娘、鶴殿か。……今頃、武田の御曹司は『三郎はただのペテン師だ』と信じ込み、鼻息荒く西へ向かう準備をしている。……あんたの勝ちだ、景虎殿」

 源三郎は、懐から先日拾った鉄の破片を取り出し、足元に置いた。

「だが、俺の親父……真田昌幸だけは騙せなかった。あんたがこの鉄の爪で、日ノ本の形そのものを変えようとしていることに気づいてしまった」

 そう言って、源三郎は杯の酒を一気に飲み干した。

 

「流石は真田殿だな。……で? その真田のご子息がわざわざ夜道をお使いに来た理由はなんだ。武田にチクると脅しに来たか?」

「まさか。そんな損な真似、真田はしねぇ」

 源三郎は一歩踏み出し、景虎の目の前で膝を突いた。

「景虎殿。あんたが作ろうとしているのは新しい物流。だが、信濃を通さねば、上野こうずけにも京にも繋がらねぇ。真田に、信濃路での普請の差配と安全確保をさせてくれ」

 景虎の目が細まる。源三郎は一気にまくしたてた。

「手土産はこれだ。武田の関所の配置図、隠し道の経路、そして各砦にある兵粮の備蓄量。 真田が長年かけて調べ上げた武田の物流だ」

 景虎がその書状を手に取り、パラパラと眺める。

「どうだ、鶴?」

「かなり詳しいのう。これは外からは分からぬものが多い」

「そうか。真田は、武田を売るということか?」

「違う。真田は、より高い価値を生む方に投資するんだ。貴方の引く設計図に、真田の現場力を組み込んでくれ。そうすれば、越後から関東への道は、岩を砕くよりも早く、確実につながる」

 しばしの沈黙。波の音だけが周囲を満たす。

「お前、わかってたか。おれが破岩杭を開発しても、越後から上野まで街道整備は時間がかかる。現実的なルートは真田経由だと」

「ああ、そう考えた。だから、真田が交渉できるのは今しかないと判断した。これは提携話だ。あくまで対等関係を求める。関係を持つのは上杉じゃないぞ。貴方だ」

 それは上杉家に臣従するのではなく、俺個人、景虎につくといっていた。

「条件は三つだ。一つ、信濃路の普請と維持費は真田が負担する。二つ、越後からの物資輸送には真田の関所を通すが、通行税は半減する。三つ、戦となれば、真田は道の確保を最優先で担う」

 俺は書状を読み、静かに頷いた。

「……なるほど。 真田は領土ではなく、道を押さえるつもりか」

 源三郎は薄く笑った。

「道を握る者が、国を動かす。それは、武田で学んだことだ」

 「これをもってみろ」

 俺は破岩杭の先端の試作品を源三郎に投げた。源三郎が慌てて受け止める。ずっしりとした、未知の金属の重み。

「源三郎。俺が提携したいのはな。戦力の大小じゃない俺の言葉を秘術とか神秘だとか思わない奴だ。この杭が、鉄と工夫の積み重ねだと理解できる奴なら、一緒に仕事ができる」

 景虎は源三郎に歩み寄り、その肩を叩いた。

「提携、しようじゃないか。真田は自主独立。その上で軍事面でも経済面でも、相互に協力を行う」

 源三郎は手の中の冷たい鉄の感触を確かめ、笑い返した。

「有難い……三増峠で置いてけぼりにされた借りは、仕事で返させてもらう。景虎殿」

 俺が源三郎に杯を渡すと、その杯に鶴が酒を注ぎながら静かに笑った。

「……真田殿。うちの旦那様は、裏切り者を嫌うが、使える裏切り者は大好きじゃぞ?」

 源三郎は、一瞬だけ頬をひきつらせたが、

「……有難く」

 と言って、すぐに豪快に飲み干した。

いつもお読み頂きありがとうございます。

真田との会話に一息がつき、次回から新しい仕込みに入ります。

引き続き宜しくお願い致します。


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