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鶴姫と景虎の国盗り経営録 ──戦国の怪物たちを円卓に集めたら資本で世界を取りに行った件  作者: みなと
第3章 戦準備編  ~荒浜の奇跡と、戦国を変える技術革命~

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37 俺の技術を見た真田が「武田はもう終わりだ」と判断したようです

 デモンストレーションの場から一里(約4km)ほど離れた、対岸の山中。

「……何だ、今の音は。地響きか? 山津波か?」

 一人の男が、岩陰から直江津の方向を凝視していた。

 武田家からの命を受け、上杉三郎景虎の不可解な動きを探るべく動いていた、後藤源三郎。彼は三増峠の戦いで信玄公の傍らに従軍した経験を持つ。あの大乱戦、北条の伏兵と武田の精鋭がぶつかり合った地獄を知る男だ。

「火薬の爆発音にしては重い……。地響きか? まさか、山を崩したというのか」

 不気味な予感に背筋を凍らせた源三郎が、控えていた部下に命じる。

「おい、先ほど出した『鴉』からの報告はまだか。近づきすぎたか?」

「……それが、戻りませぬ。三名出したはずですが、誰一人として」


 部下の報告に、源三郎の頬が引きつる。

 ――ありえない。

 源三郎は数々の修羅場を潜ってきた。

 真田の乱波は、野山を駆けることにおいては日本一を自負している。それが、たかが沿岸の開拓地を探る程度で、全滅するなど有り得ない。

(あの時と同じだ……。あの、三増峠の悪夢と)

 源三郎の脳裏に、一年前の光景がフラッシュバックする。完璧な撤退戦のはずだった。最強・武田軍なら、北条など鎧袖一触のはずだった。

 だが、あの日現れた北条三郎という男は、戦のルールそのものを変えてしまった。

『武器以外は捨てて走れ』

『メシと酒が待っている』

 兵士のメンタルを報酬で底上げし、戦の法則を無視した進軍速度を実現してみせた。あり得ない包囲殲滅戦。こちらが作った包囲殲滅戦を、気がついたら逆にやられていた。武田のプライドは、三郎の異能によってズタズタにされたのだ。


(あいつが何をしているのか、見極めねばならない) 

「……行くぞ。日没を待って自ら確かめる」

 夜陰に紛れ、源三郎は居多ヶ浜の現場へと潜入した。既に景虎一行の姿はない。月明かりに照らされたそこにあったのは――。

「…………なっ」

 源三郎は、言葉を失った。

 かつて三増峠で見た、幾多の骸や壊滅した陣地。そういう凄惨な光景に慣れているはずの彼が、今、目の前の無機質な光景に驚いていた。

 数日前まで街道を塞いでいた巨大な「不動岩」。上杉家が何代かけても動かせなかったはずのその巨岩が、今、豆腐を包丁で裂いたかのように砕け散っている。爆発の煤はない。火薬の力技ではない。 


「これは、景虎の仕業か。……火薬で吹き飛ばしたのではないな。何か、槍のようなものを撃ち込んだようだ」

 源三郎は、足元に落ちていた「小さな鉄の破片」を拾い上げた。弥次兵衛が使い潰した、破岩杭のビットの一部だ。その冷たい感触に背筋に寒気を覚えた。

「信玄公は『人は城、人は石垣』と説かれた。だが……」

 源三郎は、割れた岩の断面をなぞる。 

「景虎は違う。城も、石垣も、そして家も粉砕するつもりだ。戦の形そのものを変えようとしている」

(おそらく、あいつはこう考えている)

 ーー城が邪魔なら壊せばいい。岩が固いなら砕けばいい。山が邪魔なら道を通せばいい。この国が積み上げた戦の美学など、ごみ箱に捨ててやれーー


 今、越後で起きていることは、若造の開発ごっこなどではないと、源三郎は確信した。

「急ぎ、信濃へ戻るぞ。父上(昌幸)に伝えねばならん。上杉三郎景虎の異様さを」


 山道を駆けながら、源三郎の脳内はフル回転していた。

三増峠で味わった、「情報の非対称性による敗北」。そして今、目の当たりにした「技術差による圧倒」。

 源三郎は、懐に隠した破岩杭の破片が、自分の肌をじりじりと焼くような錯覚に陥っていた。

(……クソっ、あいつは一体、何手先を読んでやがるんだ?)

 月明かりの下、源三郎は低木を飛び越えながら自問自答を繰り返す。

 上杉三郎景虎。かつての「覇気のない小僧」は、今や武田の最大の脅威だ。この時代の常識を根底から書き換えようとしている。そんな怪物と「渡りをつける」には、並大抵の交渉術では通用しない。

 そこで、源三郎は三郎景虎の考えていることを理解してみようとした。

(なぜ、岩を砕く技術を見せつける? 商人にも見せたのは街道整備の銭集めの為だろう。何処を整備する?……越後と上野か。そうすれば、忌々しい相越同盟が実態を持って動き出す。それが出来れば、真田の領地の街道の価値が下がる)


 源三郎は胸糞が悪くなり立ち止まる。部下達が心配気に周りに集まる。

(三郎景虎は、こう考えたのだ。いちいち真田の城を攻め滅ぼすことなく、物流を変えて干上がらせてしまえ、と)

 そこで源三郎は理解した。

(あいつは戦で勝敗を決する前に、既に勝つように準備をするんだ。……面白い。死ぬほど面白いじゃねぇか、三郎景虎!)

「すまん。整理ができた。行くぞ」

 源三郎は再び駆け出した。先程とはうって変わって、目を輝かせていた。ならば、この状態で真田が取る道は…


 信濃・真田の隠れ里。

 戦国最強の「食えない親子」が顔を突き合わせていた。源三郎が懐から取り出したのは、越後の海岸で拾った*破岩杭のビット破片」だった。

「……で、父上。これが三郎景虎が越後の不動岩を豆腐のように切り裂いた槍の一部です」

 真田昌幸は、その鈍く光る鉄の破片を指先で弄びながら、片目を細めた。

「ほう。……源三郎、お前は三増峠では情報の差に負けたと言っていたな。今度はこの破片に負けたか?」

「笑い事ではありません。 あいつは、我らが必死に磨いている騎馬や乱波の技を、前時代の遺物だと切り捨てようとしています」

「ふむ。で、どうする」

 源三郎の声が低くなる。

「奴は岩を砕いて道を作ろうとしていましたが……あれの本質は流通の支配です。景虎は、戦わずして他国の経済を支配する気です。このままでは真田の価値が無くなり、いつかは飲み込まれます」

 昌幸の目が、初めて本気になった。

 「源三郎。武田が滅びる前に、次の主を探すのは当然だ」

 昌幸は破岩杭の破片を弄びながら、薄く笑った。

「景虎は面白い。利用価値がある。勝ち馬に乗るのは武士の恥ではない。生き残るための戦略だ」

「……決まりですな」

 「決まりだな。源三郎、お前に三郎景虎殿との交渉を任せる。手土産は我らの忠誠、ではなく、我らが集めた、武田の関所配置と砦の戦力分布の情報だ」

「……父上、それはもはや裏切りでは?」

「馬鹿を言え。これは情報提供による提携だ」

 昌幸はニヤリと笑った。

「景虎が設計図を引き、真田が現場を回す役割を買って出るということだ」

「下請になるくらいなら、はじめから提携先の地位を勝ち取れ、と」

 源三郎は深く頷いた。

「……で、源三郎。お館様にはなんと報告するつもりだ? 正直に言えば、お前は明日には手打ちだぞ」

 源三郎は、事前に考えた報告案を提示した。

「上杉三郎景虎は、越後で相手にされず、秘術の儀式に傾倒。巨岩を砕いたのは、「人智を超えた法力」、という名の奇術であり、軍事的な脅威は低い。むしろ、既存の上杉家臣団との間に宗教観の相違による不和が生じており、自滅を待つのが得策である」

「……異端の後継者か」

昌幸は吹き出した。

「くくく……。あのお館様だ、景虎が正体不明の技術を使っていると聞くよりは、変な宗教にハマって内紛中と聞くほうが安心されるだろうな。その隙に、我らは越後の利権に潜り込むわけだ」

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