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鶴姫と景虎の国盗り経営録 ──戦国の怪物たちを円卓に集めたら資本で世界を取りに行った件  作者: みなと
第2章 越後の景虎編  ~軍神の養子として、第二の人生が始まる~

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35 不動岩を真っ二つにした結果、職人は英雄に、娘は暗殺者に覚醒しました

 直江津の北東、荒波に削られた険しい断崖が続く「居多ヶこたがはま」の奥地。そこには、北国街道の拡張を阻む巨大な巨岩――通称「不動岩」が鎮座していた。

 重厚な空気が漂う中、上杉家の有力者たちが顔を揃える。

 上杉家当主・上杉輝虎を筆頭に、重臣の直江景綱、そして三条の地を治める山吉豊守。さらに、越後の経済を牛耳る蔵田屋の主、蔵田五郎左衛門が、疑り深い目でその「鉄の塊」を見つめていた。

「景虎殿。わざわざお館様にお呼びして何を見せるかと思えば……この、妙な筒なのか?」

 山吉豊守が、弥次兵衛の調整している破岩杭はがんぐいを指差す。

「燕三条の職人たちを動員してこれを量産したいとの仰せだが。ただの杭にそこまでの価値があるのか。岩など、人足を並べてノミで叩けば済む話だ」

「山吉殿、景虎殿に見せて頂こうではありませんか」

 蔵田屋が口を挟むが、その声にも期待の色はない。

「我ら商人は、結果にしか金は出しませぬ。この巨岩、通常の工事ならば優に半年、人足百人はかかる難所。それを『一刻(二時間)で片付ける』などと……」

 俺、三郎景虎は、彼らの不信感をあえて無視し、作業小屋から出てきた弥次兵衛に目配せをした。

「弥次兵衛、準備は?」

「……若様。ピタッと、決まりましたわ。芯が、一分(約3mm)もブレてへん」

 弥次兵衛の目は、澄み渡った職人の、そして恩を返す男の目であった。その傍らには、父の背中を静かに見守る柚子。彼女は鶴から授かったばかりの、父特製の短銃を懐に忍ばせ、周囲の護衛――小机から連れてきた精鋭たちと共に、鋭い視線を山林に走らせている。

「始めろ」

 俺の号令と共に、弥次兵衛が特製の蒸気……ではなく、「水圧」と「火薬」を組み合わせた、爆縮穿孔ばくしゅくせんこうを仕掛けた。

「柚子、耳塞いでな。……行くでぇ!!」

 弥次兵衛が回転レバーを回すと、破岩杭の先端が超高速で回転を始めた。金属の摩擦音が、キィィィィンと鼓膜を突き刺すような高音へと変わる。

「なんじゃ、あの音は!?」

輝虎が身を乗り出す。

 杭が不動岩に触れた瞬間――。

 ドォォォォォン!!

 地響きと共に、火花と砕けた岩の破片が吹き飛んだ。

「っ!? 伏せよ!!」

 伊保野や顕景が反射的に輝虎を庇うが、俺たちは微動だにしない。

 俺が概念を伝え、弥次兵衛が設計し製作したこの杭は、先端に超硬度の玉鋼を配し、回転の遠心力に少量の火薬による衝撃を連動させている。この時代の技術で作った超大型振動ドリルだ。

ズズズ、と巨大な岩盤に吸い込まれるように鉄の杭が沈んでいく。

 「……危険すぎる!」

 顕景が怒声を上げた。

「義兄上、こんなものを領民の前で使うつもりか!? 人が死ぬぞ!」

 俺は顕景の怒りを正面から受け止め、静かに答えた。

「だからこそ、制御できる技術にするんだ。今日の失敗は、明日の安全のための材料になる」

 数分後。岩山全体が悲鳴を上げるような音を立てた。

「今や! 離れろ!!」

 弥次兵衛が叫び、全員が後退した直後――。

 パキィィィィィン!!

 という、氷が割れるような乾いた音が響き、次の瞬間、半年かかると言われた「不動岩」が、縦に真っ二つに割れ、崩落した。

「…………馬鹿な」

 山吉豊守が、腰を抜かしたように座り込んだ。

「半年かかる難所が……一息つく間に……」

 蔵田屋五郎左衛門は、割れた岩の断面を撫でた。

「これほどの……これほどの利器を……。景虎様、失礼を申し上げました。これがあれば道は作れます。北国街道も、春日山への物資輸送も、劇的に変わる。……いや、これは戦の道具にもなるでしょう」

「蔵田屋。これは国を造る道具だ」

 俺は静かに答えた。

「燕三条でこれを量産し、越後と関東を、越後と越中を繋げたい。技術では出来ると証明させて頂いた。蔵田殿。実現する為の銭の相談を致したい」

 輝虎が、ゆっくりと歩み寄り、真っ黒に汚れた弥次兵衛の肩を叩いた。

「見事だ、弥次兵衛。そなたの腕、確かにこの輝虎、見届けた。……顕景、山吉、すぐに燕三条の職人を集める支度を始めよ。これは最早、景虎と一職人の仕事ではない。国家の事業だ」

「ははっ!!」

 一同が感嘆に包まれる中、俺は背後に立つ柚子を見た。彼女は、父の快挙に誇らしげな顔をしながらも、決して周囲への警戒を解いていない。その手は、常に懐の獲物にかかっている。

「……柚子、お疲れ様」

「お父ちゃんの邪魔、誰にもさせへんかったよ、若様。……せやけど、ここはねずみが多いわ」

 彼女の低い声に、鶴が「くふふ」と愉しそうに笑った。

「……震えておるのう。怖かったか?」

「……ううん。怖いのは、お父ちゃんが死ぬことだけ」

 柚子は震える指をぎゅっと握りしめ、月光を睨んだ。

「……次は震えへん。お父ちゃんを守るためなら、何でもする」

「ふふ、震えは成長の証じゃ。ようやった」


「不動岩」と呼ばれた巨岩が、弥次兵衛の開発した破岩杭はがんぐいによって、真っ二つに裂けた。

 ドォォォォォン!!

 爆風と土煙が舞い上がる。重鎮たちがその破壊力に言葉を失ったその時。音に紛れ、もう一つの仕事が、誰にも気づかれずに遂行されていた。

「……一匹」

 柚子の小さな唇が、微かに動く。

 岩が砕ける轟音。参加者たちが耳を塞ぎ、目を細めたその時――。

柚子は懐から、弥次兵衛が作り上げた試作型の連発式短筒を引き抜いた。銃身は、消音のための厚い革と油が塗り込まれている。

 ピシィッ。

 岩の破砕音にかき消されるほどの小さな排気音。

 百メートル先、崖の上の茂みで息を潜めていた鼠の眉間に、鉛の玉が吸い込まれた。男は声も上げず、崖下の波間に消えていく。

 柚子の手が、わずかに震えた。

 だが彼女はすぐに息を整え、震えを押し殺すように銃を懐へ戻した。

「くふふ。柚子、筋が良いのう。音に合わせるとは、教えた甲斐があったわ」

 影のように柚子の背後に立つ鶴が、扇を口元に当てて笑う。

 鶴の手足となっている小机の精鋭たちも、混乱に乗じて動いていた。彼らは「驚くフリ」をしながら、死角から飛び出そうとした乱波たちの喉笛を、音もなく掻き切っていく。

「お父ちゃんの邪魔、誰にもさせへんかったよ、若様。……せやけど、ここは鼠が多いわ」 

※お読みいただきありがとうございます。

越後での新しい生活は、北条編とは異なり、静かな積み上げの日々でした。

地道な努力が、景虎の居場所と力を形作っていきます。

続きを読んでみたいと思っていただけましたら、ブックマークで応援していただけると嬉しいです。

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