31 娘を救ったら、天才職人が一生ついてくると言った
俺は河津と宇佐美の若者たちにも手を差し伸べた。
「栞、腹いっぱい食べさせたいと言ったな。その願い、俺の下にくれば叶えてやる。お前や親族だけではない、荒浜の領民すべてだ」
「……小次郎様、お決めください」
「……爺、私には決められぬ。姉上、道を示してくれませぬか」
「……このお方は、本当に荒浜を豊かにしてくれそうな気がしてきました。従いましょう」
「ようこそ、俺の下へ。明日からは忙しくなるぞ。魚の死骸と土をこねくり回す、臭くて汚い仕事だ。だが、まだ誰も達成したことのない偉業の先駆者となる仕事だ。絶対に、成功させてやる」
その夜、鶴の薬湯タイム。
「……旦那様、また悪い顔をしておったのう」
作業小屋の隅で、鶴が呆れたように薬湯を差し出してきた。
「そうか? 精一杯、優しいお兄さんを演じたつもりなんだけどな」
「前島様の震え方が、小動物のようであったわ。……じゃが、これでこの地に、越後に我らの根が張ったのう。越後の民が見向きもしなかった、荒浜という不毛の地だが」
「ああ。表向きは菜種で油を。裏では魚屑で硝石を。楽しくなってきただろう?」
「しかも、それすらも新たな製品を開発する為の目眩ましなのじゃろう」
「民の為、人の為、という大義が全面に出てて、如何にも北条の小倅が浅知恵でやりそうだろう」
「偽善じゃな」
「良いだろう。偽善だろうが、本当に職を作り、彼らが豊かになるのだから。それに、宇佐美の遺児、栞だったな。あれは拾い物だ。上手く鍛えれば戦力になりそうだ」
「なんじゃ?また側室がほしいのか?」
(やめろ、鶴。目が全く笑ってないぞ)
「いや、官僚に仕立てたい。さすがは、かつて上杉の軍師と言われた宇佐美定満の遺児というべきかな。鶴、教育を手伝ってくれ」
俺は温かい薬湯を飲み干し、闇に包まれた荒浜を見つめた。
「教育か。それは構わんが、その前にこの芋虫はどうする?」
鶴は土間に転がって猿轡をされた弥次兵衛に、汚物でも見るような視線を投げかけた。
「ああ。もう一人の連絡相手はあっさり白状したのだが、中々、義理堅いな、こいつ」
俺も弥次兵衛を見ると、目を瞑り、じっと動かない様子だ。いろいろと尋問したようだが、一切口を割らなかったとのことだ。
「面倒じゃ、防諜の為にも消すべきじゃ」
「だがな。折角、鶴が弥次兵衛の裏を調べてくれたのだ。蓮次。こいつを話せるようにしてやってくれ」
側に控えていた蓮次が、不服そうだが黙って弥次兵衛の猿靴をといて、頭から水をかぶせる。
「……っ、若様、無駄ですぜ。俺は何も喋らない。早く殺してくだせえ」
「俺はな。弥次兵衛、お前と新製品の談義をしたいんだ。お前が銃身をくり抜いてくれた構造な。あれは破岩杭のためだけの技術じゃない。お前もわかるだろう?」
「……ああ。あれは弾を一方向に回転させながら飛ばす方法だ。種子島に使えば散弾しないで前に進むだろう」
「そうだ。だから、命中精度があがるし、飛距離が伸びる。敵対勢力との撃ち合いで、相手が届かない距離から一方的に蹂躙する姿を、お前も見たくないか?」
「……なぜ、俺にそんな話をする」
「勧誘だよ。俺はお前の探究心と技術力を高く買っている。口説くなら今だろう」
少し沈黙した後、弥次兵衛は絞り出すような声で答えた。
「……出来ん」
「貴様! 三郎様の好意を無にするか」
蓮次が弥次兵衛の胸ぐら掴むが、俺が制止する。
「蓮次、やめろ」
「……ハッ」
蓮次が掴むのをやめると、むせる弥次兵衛に俺が語りかける。
「人質、取られているんだってな。名前は柚子だったか」
目を見開いて弥次兵衛が叫ぶ。
「なぜ柚子を知っている!」
弥次兵衛の声が裏返った。それは職人ではない、ただの父親の声だった。
「見ず知らずの人物を採用するのだ。身辺調査くらいするだろう」
弥次兵衛は娘の柚子を織田家に人質に取られていた。
「……そこまで知っているならわかるだろう。確かに俺は若様の開発に興味がある、いや、やり遂げたいと思った。だが、娘と天秤に掛けられないじゃないか。俺が裏切れば、柚子は直ぐに殺されるんだ」
周りが静まる。遠くからの波音だけが聞こえる。言いたい事を言ったとばかりに、少し晴れやかな顔になって弥次兵衛は続けた。
「さあ、若様。もういいだろう。俺をもう楽にしてくれ」
「いやいや、勝手に幕を閉じようとするな」
俺は土間に降りて語りかける。
「娘に会わせてやる」
「馬鹿を言わないでくれ。どうやって柚子を連れてくるというんだ」
俺は鶴に尋ねる。
「その柚子という子は、その後どうなったのだ?」
鶴は書面を確認しながら答える。
「先日、堺のとある商家で火事があったそうです。不幸なことに、焼け跡からは十歳程の子供の遺体が発見された、とのことです」
「まさか、柚子は殺されているのか?」
弥次兵衛は顔を真っ青にして尋ねる。
「誰だ、誰がやったんだ?」
「公式には、ボヤによる延焼、そして遺体が発見されたが、身元不明、とのこと。そして、その商家に十歳頃の子供は柚子という子だけだったとのこと。公式には」
「そんな……」
弥次兵衛が肩を落とす。
「鶴。勿体つけるな。非公式にはどうなっているのだ」
「ふむ。その火事のどさくさの中、北条に縁のある商人の手引きで堺を出た。今頃は日本海に出て直江津に向かっておるよ」
「え」
「ちゃんと言ってやれ。柚子は無事で、こちらに向かっていると」
弥次兵衛は信じられないものを見るような目で俺と鶴を見上げた。
「若様、鶴様。嘘、じゃないんだな。……あんたら一体何者なんだ」
「俺は、必要な人材は厚遇するんだ」
「吾は、丁度、侍女を求めていたのだ」
「……むちゃくちゃだな、あんたら。武士でもない俺の為に、そんなことが出来るのか」
「どうだ。俺の為に働くか?」
暫く黙って考えた弥次兵衛は、俺をじっと見て答えた。
「三郎景虎様。鶴様。柚子と再び暮らせるのなら。俺は生涯かけて奉公致します」




