30 裏切り者を追い詰め、希望を与え、前島も宇佐美遺児も全部うちの子になりました
俺は、荒浜の作業小屋で、潮風でガタつく扉を閉め、捕縛した面々と向き合っていた。
俺の前には、頭巾を剥がされ、震える名主の河津、殺気を孕んだ瞳の宇佐美の二人の遺児が座らされている。遺児たちの年は十四歳くらいと十二歳を少し超えたくらいか。
「私たちは何も話さない。殺すなら殺せ!」
十四歳くらいの方、娘が俺に啖呵をきる。
「喚くな。少し黙ってろ。まもなくもう一人の客が来る」
まもなく、外で騒がしい問答が聞こえてきた。やがて、ガタつく扉が再び開き、一人の男が腕を縛られて投げ入れられた。その男は、前島修理亮であった。俺の長槍隊に小突かれ、顔を引き攣らせている。前島の配下も外で俺の部隊に包囲され、武装解除されている。
「そろったな。さて……と。楽しい答え合わせの時間だ」
「三郎景虎様、これは一体……! 賊を捕らえたと聞き、加勢に参った私たちを捕らえて包囲するとは、何事か!」
前島が声を荒らげる。
俺は押収した脇差を投げ入れた。ガツッとした音があたりに響く。
「前島殿、これ、あんたの身内が落としたもんだってな。ダメだぞ脇差なんて落としちゃ。伊保野姫の手の者が落とし物を見つけたそうだ」
「……知らぬ」
「そうか。お前のところの「島」の意匠の文様が柄に描かれているがな。お前のファンが多いとでも言いたいのか?」
「ファン?」
「お前を慕って真似したがるやつのことだ」
「……何処かで盗んだ者がいるのだろう。」
「脇差を盗まれるのか? それから……伊保野姫」
直ぐに伊保野が1枚の書状を俺に手渡す。一連の騒ぎに紛れて、伊保野の部下が琵琶島城で押収した、宛名のない密書だ。俺はそれを前島の前でヒラつかせた。
「お前の執務室にあったそうだ。武田からのお誘いも、ずいぶん熱心なようだな。しかし。残念ながら、晴信公は今、甲斐と信濃の防衛で忙しい。あんたみたいな小物とのやり取りに応じるほど、彼は暇じゃないらしい」
前島の顔から、一気に血の気が引いた。
「……馬鹿な。あの武田が、越後に関心が無いわけ……」
「そりゃあ関心はあるだろうよ。二十年かけて信濃の征服に勤しんだのは、その先の日本海に出たかったからだろう。だがな」
俺も前島の前でしゃがんで続ける。
「三増峠で晴信公は北条に大打撃を受けて、駿河への進行を中止せざるをえなくなった。北は上杉、東と南は北条、西は松平と織田。四方からの脅威で、武田は自国の防衛で精一杯だ。お前、時流を読み違えたな」
前島の目からどんどん光が無くなっていく。
「そんな。武田がそんなことになるなど……」
「極刑、だよな。義父上(輝虎公)にこれを届けたら。義を重んじるあの方だ、琵琶島城は一日で灰になる」
「待っ、待ってください! それは……!」
「黙れ。言い訳をするな」
次に宇佐美の若者たちに視線を移した。俺は冷たい声を意識して語り掛ける。
「河津殿、そして宇佐美の志士諸君。前島にお家再興をチラつかされたか? 彼はあんたたちを使い捨ての駒にしか思ってない。騒ぎを起こさせて、上杉の統治を揺さぶるための道具にされたのだ」
河津ががっくりと膝をつく。「……すべて、わしの欲故。宇佐美家の若君たちに罪はございませぬ」
「やめろ爺。私たちを育ててくれた爺に、私がこの話に乗るべきと言ったのだ。御実城様も、私たちを引き渡せば満足するだろう。爺は、悪くない」
「お前、名はなんと申す?」
「……宇佐美栞、そして弟の小次郎だ。三郎景虎殿、頼む、私の身柄で爺と弟をなんとかしてくれないか?」
栞は、幼いながらも武家の娘らしい凛とした目をしていた。
「ほう? ひとつ聞く。お前たちは宇佐美を再興したかったのは何故か?」
「……腹いっぱい食べさせたかったんだ」
栞の声は震えていた。
その震えは恐怖ではなく、悔しさと、幼い誇りの混じったものだった。
「父上が亡くなってから、我らはどんどんと衰え、城も奪われた。付近の住民が困っても何もできない。それをなんとかしたかったのだ」
俺はふっと表情を緩め、座り込んだ。
「栞、小次郎。命拾いしたな。もし、ただ贅沢がしたかったなんて言おうものなら、即刻引き渡すところであったぞ」
部下たちに、前島からさすまたを外すように言う。
「前島殿。俺はね、お前の首を刎ねたいわけじゃない。むしろ、あんたの野心は嫌いじゃない。武田をおびき寄せようとしたのは、この不毛な地じゃ未来がないと思ったからだろう?」
「……」
「提案だ。お前の罪は俺の腹の中に収める。その代わり、今日からお前は俺の忠実な部下として働いて、この地を豊かにしろ」
前島の喉が、ひくりと動いた。それは恐怖ではなく、救われたいという本能の震えだった。
「義兄上、それは……」
顕景が俺に不安そうな顔で尋ねる。
「義父上には俺が責任を持って話す」
俺は図面を広げた。そこには菜種畑だけでなく、広大な肥料加工場の計画が記されている。
その計画図を見て、栞が怪訝そうに口を開いた。
「あの……」
「どうした、栞、話してみろ」
「……その、間違えていたらごめんなさい。菜種畑に対して、作る肥料の量が多すぎませんか?」
(賢いな、この娘は鍛えれば優秀な官僚になれるかもしれない)
「賢い子は大好きだ。よく初見でわかったな。その通りだ。菜種畑も、肥料加工も、全て隠れ蓑だ」
俺は、一泊置いてから秘密を語った。
「この荒浜を、日の本一の雷を産む地に変える」
「雷、とは……?」
「ああ。蔵田から買い叩いた魚の屑。あれを土に混ぜ、熟成させ、ある秘術を行う。するとな、鉄砲に欠かせない硝石ができるんだ」
「ちょっと待ってくれ、義兄上。それは誠か?」
顕景が信じられない顔で声を荒げる。
「本当だ。だが、だれも信じないだろう?お前も目で見ないと信じられないと言っていたじゃないか。この製法は、早ければ数カ月で成果が出る。だが、成果を見せる迄はタダの怪しい肥料づくりにしか見えない」
「それで、この地で肥料製造と菜種栽培を?」
伊保野も信じられないといった顔で俺を見ている。
「折角肥料が出来るのに、それを使わないのは勿体ないないだろう。ならば、荒廃した土地に産業として貢献した方が良いではないか」
俺は前島たちに目を向けて語り掛けた。
「肥料加工は、硝石製造を秘匿する為の施設だ。勿論、肥料も作れるし、菜種畑も増やしていく。だが、一番の目的は、硝石生成の拠点を作るためだ」
この時代、硝石は海外からの輸入に頼っている。もし越後の、しかもこの荒れた荒浜の地で国産化に成功すれば、その価値は黄金を凌ぐ。
「あの硝石を……ここで……?」
「お前は琵琶島の領主としてその利権の窓口になれ。荒浜から外に向かう唯一の出口が琵琶島だ。お前が秘密を守るように動けば、周りに漏れることはない。宇佐美の若者たちも、泥を投げてきた領民も、求めれば全員雇う。死んだ地で祈り続けるより、俺の元で銭と力を手に入れる方が、お家再興の近道だと思わないか?」
前島が目を見開いた。絶望の底にいた彼へ、俺は希望という蜘蛛の糸を投げいれた。
「前島、俺の傘下に入り、この秘密を守り通せ。そうすれば、お前は裏切り者ではなく、上杉家を支える陰の功労者として、富も、名声も、手に入れることが出来る」
「……景虎様。貴方は何者なのですか?」
「さてな。だが、何者であっても、お前は俺の傘下に入るだろう? 入らなければ仕方がない。お前を引き渡し、俺が褒美に琵琶島を頂くまでだ」
前島が、ゆっくりと畳に額を擦り付けた。
「いえ、この命、貴方に預けましょう。これより、貴方の傘下となります。琵琶島城、および荒浜、すべて景虎様の御心のままに」
「物分かりが良くて助かるよ」




