27 商人にボロクソ言われたので、死んだ地・荒浜から反撃の仕込みを始めます
蔵田の屋敷を出た俺たちの前に、春日山の冷たい風が吹き付けた。
俺たちが直江津の町を歩くと、通りかかる職人や人足たちが、隠そうともしない蔑みの視線を送ってくる。
「あれが北条の居候か」「夢見がちな殿様だ」「しかも苦し紛れに塵に銭を払って買ったらしいぞ」
そんな陰口が、はっきりと耳に届く。
顕景が苦々しく、だがどこか納得したように呟く。
「……当然の反応か。蔵田は、実利のない男には一文も出さぬ。景虎殿、貴殿が語ろうとしたのは未来の話だが、越後の民が求めているのは、今日を生きるための米だ」
伊保野もまた、余裕ある微笑みを消していた。
「景虎様。……貴方がこの国で、目に見える結果を出さない限り、直江津の商人たちは誰も動きませんわ」
しかし、鶴は対照的に冷静だ。
「旦那様、先程の取引。別に苦し紛れに言ったわけでも、媚びたわけでもないのでしょう」
「勿論だ、鶴。これからお館様に陳情に行くのだが、伊保野姫、顕景殿。ご一緒願えないか?」
「それは構わないが……」
「景虎様がどうお話を進めていくのか、楽しみですわ」
春日山城 表御殿。
輝虎への面会時間に、俺、伊保野、顕景、そして鶴が向う。
「失礼致します」
襖を開けると、輝虎は何やら報告の裁可を行っていた。
「景虎か、しばし待て」
まもなく、全ての裁可を終えたようで、侍従に書類の束を渡すと、侍従は盆に載せて出て行った。
「ふむ。お前たち四人が揃って来たか。随分仲良うなったな」
輝虎は満足そうに微笑む。
「ははっ。お陰様にて」
俺は頭を下げる。顕景は微妙な顔をしている。
「だが、蔵田とは上手く行かなかったか?」
途端に顕景の顔が曇る。
(こいつは無口だが、実に感情豊かなのだな。だが、それではこの時代の領主は難しくないか?)
「はい! ご指導頂きました。俺はただの「北条から放り出された、素性の知れぬ養子」に過ぎないのだ、と」
「うむ。蔵田に依頼しておいたとおりだな」
その発言に伊保野と顕景がぎょっとする。
「お館様、蔵田に断るように言っていたのですか」
「俺がお館様にお願いしておいた」
「なぜそのようなことを……」
ハッと気づいた伊保野が答える。
「周囲を油断させる為、ですね!」
「その通りだ、伊保野姫」
顕景少し拗ねて言う。
「それなら私どもにも言ってくだされば良いのに」
「顕景に俺のことを北条の新たな牙、などと警戒されるような事を言う姫に、これを言ったら演技にならないだろう」
「……」
「景虎よ。沼田で儂と話したことを二人にも説明せよ」
「はい」
そして俺は二人に計画を説明した。
相越同盟の根幹は軍事行動だけでなく経済活動も含めた共同体となること。その実現には街道整備が急務だが、先立つ銭が無いこと。銭は将来への投資、という形で商人たちから集める予定であること。彼らを頷かせるには公共事業としての上杉の信頼と、実現する技術革新を納得させること。その技術を秘匿しながら開発する場所と時間が必要なこと。そして、相模で有名になった景虎に対して周囲を油断させる必要があること。
長い説明の後、伊保野は震える声で感想を述べた。
「……このような事を既に考えて支度をしていたのですか」
「そうだ。上杉と北条の力、各個撃破などさせない状況は、今なら作れると考えた」
「これが出来れば、北関東、信濃、越中への進行が容易になる。何度も雪のせいで途中撤退していたようなことも避けられる」
顕景が呻くような声で述べた。
「これが義兄上の見る世界なのか……」
「まだ構想段階だ、顕景。だが、必ずやり遂げる。実は時間的な猶予が無いのだ」
「……まさか」
「そうだ、顕景。一年後、この街道は利用出来なければならない」
輝虎は顕景に一年後の軍事進行を宣言した。
「ハハッ!」
「それでは、俺はこれから、部下連れて荒浜で菜種栽培でもさせて頂きます」
直江津の北に約五十キロ、琵琶島城(柏崎)の更に先にある土地だ。波飛沫が常に舞い上がる「死んだ地」――荒浜。
「荒浜で菜種、な。家臣たちには景虎は少しずつ成果を上げる為、まずは荒浜で苦労することにした、と伝えておこう」
輝虎は面白そうに頷いている。そして、付け加えた。
「わかっていると思うがあまり時は無い。三ヶ月だ。三ヶ月で商人たちを納得させて、資金集めをしてこい」
「大役です。邁進致します」
「あの地、琵琶島城周辺は前島修理亮が治めている。便宜を、図ってもらえ」
「有難く。……もしかすると菜種以外のご報告も出来るかもしれません」
俺たちは、早速、琵琶島城に向かった。
「……というわけで、荒浜一帯で菜種の栽培をお許し頂きたい」
「うーん」
琵琶島城城主、前島修理亮は渋い顔をする。
「いや、これまで何年も農地に出来なかった地域なので、菜種が作れるのなら喜んでお願い致したい」
「では」
「だが、あの地は忌地と言われて久しい。土地の者たちは、あの地の土を掘り返すと海の神の怒りにふれ、津波を起こすと信じている」
「なんと」
伊保野が驚く。無理もない。地元の迷信こんなものだ。
「前島殿は海の神の怒りを信じますか?」
俺は問うと前島は鼻で笑った。
「そんなもの、あるわけないでしょう。だが、領民はそう信じている。そして、それを煽る者たちがいる、だからあの土地は厄介なのです」
「煽る者がいるのですか」
「ここの前の領主であった、宇佐美の残党たちだ」
今から数年前までこの地域の領主であった宇佐美家の者たちだ。領民を煽り、今の統治を転覆させようとしているらしい。
「宇佐美……」
顕景が目に見えて目つきが剣呑になる。普段、余裕をもった態度の伊保野も顔から表情が消えた。
(二人とも、心中穏やかではないか)
伊保野と顕景の父親、長尾政景は、このあたりの領主であった宇佐美定満と野尻湖で溺死している。それが事故なのか他殺なのかは不明とされているが、因縁のある相手だ。
「……それは、厄介ですな」
俺は辛うじてそう答えるに留めた。
「そうなのです。何しろ不毛な土地ですので居住する者も少なく、こちらも巡回の者を出す余力もない状況で」
「では、我々が栽培に向かうと?」
「我らの与力はあまり提供出来ないということです」
明らかに不満そうな顔をする伊保野と顕景。
「勿論です。そこまで前島殿のお手を煩わせようと思っておりません。我らが連れてきた手の者で、まずは細々とやってみます」
ただ、といって俺は続ける。
「直江津から、いくつか物資を送ってまいりますので、その通行を許可いただきたい。それから、いくつか工作を行いますので、荒浜に建物を建てること、灌漑を行うこと、そしてそれらを含めた荒浜での行動を認める書面をお出しいただきたい」
前島はほっとしたような顔をする。おそらく、賦役を課せられることを警戒していたのだろう。
「勿論です、存分に試してみてください」
◆荒浜
「俺の名は上杉三郎景虎だ、これからこの土地で農作物づくりを行う。このことは輝虎公も、そして領主の前島殿もお認めになられた。もし、手伝ってくれる者がいたら給金を渡すが強制はしない」
このように、近隣の村々で説明して回ったが、どの村も領民たちは祟りを怖がって近づこうとしなかった。まあ、そうであろうと思いながら、俺は作業を始めていく。
「……本気か、景虎殿。ここで何をしようというのだ」
顕景が呆れたように、砂まみれの俺を見た。
「いった通り、菜種を栽培する。その為に、土を変えるんだ」
俺は相模から連れてきた長槍隊五百に命じ、まずは柏崎と荒浜迄の道の整備を行う。併せて、荒浜に木で大きな枠を作り、肥料を作成する場所を作っていく。やがて、直江津の魚市場から二束三文で蔵田から買い受けた魚の骨や内臓、そして木炭の粉を土に混ぜて熟成させていく。この時代ではまだ無かった有機肥料作りだ。更に、土の除塩を促す為、排水溝を深く掘り、雨水を利用して土中の塩分を抜く作業を行っていく。俺も鍬を振るって行っていった。
暫く、俺たちの作業を見ていた伊保野と顕景は、一旦、春日山に戻っていった。
「義兄上、今回は俺は何も支度をせずに参った。少し考えてからここに参る」
「私も、後日伺いますわ」
「そうか。ご覧の通り、暫くは土木工事が続く。一月もすれば形も分かりやすくなると思う」
「鶴姫は、春日山に戻らぬのですか?」
(あなたも女子なのですから戻りなさいな)
「私は、ここで微力ながら旦那様のお助けになればと思います」
(吾の手の者が周辺警備をしているのだ、吾が楽をしてどうする)
「……わかりました。また翌月に会いましょう」
「行ったのう、旦那様。これで一月は旦那様を独り占めじゃ」
「ああ。だがこの一月の下準備がこの後を決める。休んでられん」
「安心致せ。また薬湯を作るからのう」
「……程々にしてくれよ。さて、皆の者、再会するとするか」
「「応」」
俺は分業体制を敷いて、着実に工程をクリアしていった。初めは米ぬか等も混ぜ込んだので、半月もしないうちに有機肥料が出来上がってきた。そして、予め用意しておいた菜種の苗を植えて育てていく。作付面積も1反(10a)、また1反と増やしていった。
最後までお読みいただきありがとうございました。
『鶴姫と景虎の国盗り経営録』は、皆様の応援によって支えられています。
「続きが読みたい」「この経済戦は面白い」と思っていただけましたら、ぜひページ下部の【ブックマーク登録】や、評価の【☆☆☆☆☆】から応援をよろしくお願いいたします!
皆様の評価が、執筆の何よりの原動力です。




