26 義弟と正室の前で格好つけたら、商人に秒で論破されました
顕景が間に入る。
「貴様、姉上になんという事を」
「顕景。お前、俺が何をしようとしているか知りたいのだろう。ならば、まずは黙ってよく見ろ」
「考えあってのことだと」
「そうだ。お前の姉上はお前に甘い。だから、お前に道化ではない俺を見せておく。それで見て、考えて、答えを出せ」
「わかった」
「伊保野。これで良いな?」
「ええ。肝に銘じますわ」
伊保野ももう笑っていない。
「旦那様」
鶴が近くにやってきた。
「伊保野様、顕景様との親睦が深まったようで何よりです。そろそろ蔵田殿にお会いになる支度を致しましょう」
「そうだな。二人も支度をしてくれ」
俺と鶴が去った後、伊保野と顕景が二人で感想を言い合う。
(……俺は、姉上を守りたいだけなのに。なぜこんなにも景虎殿に心が揺さぶられるのだ)
「……姉上。あの男、底が読めません」
顕景がボソボソと語る。
「たしかに、打合では負けました。どんな手であれ、負けは負け。そこは納得したのですが、先程の道化になる、あれがわかりません。御実城様の子となった景虎殿がなぜ道化になる必要があるのでしょう」
「……多分、自力で成果を出すことでしか、周囲は認めないであろう、と考えたのでしょう」
伊保野は少し考えて答えた。
「普通ならば、如何に御実城様の子と言っても相手は一回りも二回りも年上。良くて面従腹背、悪ければ敵対するでしょう」
「……蔵田殿もそうすると?」
「お館様のご紹介であってもそうでしょう」
「……ならばなぜ、御実城様はご紹介を」
「顕景、先程から、なぜなぜ、ばかりですよ。少しは自分で考えなさい」
「……はい」
伊保野は首を傾げながら考えを口にする。
「多分、御実城様も景虎様もわかっている。それでも、面識を持つ、御実城様が引き合わせた、ということにはそれ自体意味がある、ということかしら。それにしても」
(それにしても、あんなに怖い顔をされたのは初めて。黙れ、だなんて。少し……ゾクっとしてしまったわ)
「姉上?」
急に話さなくなった伊保野を案じて顕景は声をかけるが、伊保野は背を向けて暫く黙っていた。
(あの男は、私の想像を超えている。……だからこそ、手放したくない)
少しして、普段の伊保野に戻ると、顕景に笑顔を向ける。
「まあ、特等席でやりざまを見せてくれるというのです。直に確認してみようではありませんか」
◆蔵田との初対面
直江津――日本海からの寒風が吹き抜けるこの港町は、越後の生命線だ。
俺は顕景と伊保野、そして影のように付き従う鶴共に、蔵田屋の門を叩いた。
「お初にお目にかかります。上杉三郎景虎にございます」
「お噂は、かねがね。蔵田五郎左衛門でございます」
現れたのは、鋭い眼光を隠そうともしない、老練な商人だった。彼は上杉家の軍資金を支える金主であり、同時に海の流れを知り尽くした海の男だ。
俺は挨拶もそこそこに、持参した大きな図面を広間に広げた。
「蔵田殿。俺はここ直江津を、堺を凌ぐ日の本最大の貿易拠点に変えるため、越後と上野の街道整備を行いたいのです」
俺の言葉に、蔵田五郎左衛門は低く、地を這うような笑い声を漏らした。その目は全く笑っていない。温情など微塵もない、少し幻庵を彷彿させる目力だ。
「景虎様。そういうのは良いのです。北条の三郎殿といえば、相模で搾油を興した御仁と聞き及んでおりましたが。どうやら越後お越しになり、初心をお忘れになってしまったようですな」
蔵田は図面を一瞥もせず、ぴしゃりと扇子を叩いた。
「堺を凌ぐ港にする? その為に上野との街道整備 ……一体、どこにそんなことを実現する銭があるとお思いで。御実城様(輝虎)が義のために戦をなさるたび、我ら商人がどれほどの軍役奉仕を強いられているか、ご存知ないのか」
「蔵田殿、だからこそ――」
「黙ってお聞きなされ!」
蔵田の怒鳴り声が響く。隣に座る顕景が、反射的に刀の柄に手をかけた。
「貴方は、まだこの国で一俵の米も、一銭の益も生んでおられぬ。相模での成功がそのまま通用するほど、越後は甘くない。春日山の城内で、御実城様と理想を語り合うのは勝手ですがな……我ら商人の汗と血を、その『大法螺』の肥やしにされては堪りません」
「貴様、義兄の言葉を大法螺と断じるか」
俺が話す前に顕景が割って入る。顕景は寡黙なようで短気なようだ。
「ほう。お若い方々は話が出来なくなると暴力で脅されるか」
「顕景、黙っていろ。蔵田殿、無作法を致した」
俺は頭を下げる。
(多分、輝虎公に言い含められているな。面従腹背など無用、見極めろ、とかなんとか)
俺は頭を上げて続ける。
「蔵田殿のご指摘、御尤も。まずは、実績を上げて見せましょう」
「勘違いなさるな。貴方の実績で態度をいちいち変えると言っているのではありません。仮に貴方に実績があり、銭を用意出来たとしてもです。どうやって街道の整備を行うというのです。あの谷川岳の岩盤、何年かけて削るおつもりですか。とても採算に合わないでしょうし、そうこうしているうちに時制が変わってしまう。画餅、としか言いようがありません」
「……」
蔵田は立ち上がり、背を向けた。
「そういうことです。御実城様の養子とはいえ、妄言に付き合うほど、私は暇でない。あなたの仰る計画、次回は現実的なものをお持ちくだされ」
いっそ、清々しいくらいに拒否のシグナルだ。ここから始めろ、というのだな。では、始めるとするか。
「ああ、そこでですね、蔵田殿。ひとつお願いがあるのですよ」
「……金の無心ですかな?」
「いえいえ、とんでもない。ひとつ、買い取りものがあるのです」
「なんです?」
「それはですね」
蔵田は苦々しく俺を見た。




