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鶴姫と景虎の国盗り経営録 ──戦国の怪物たちを円卓に集めたら資本で世界を取りに行った件  作者: みなと
第2章 越後の景虎編  ~軍神の養子として、第二の人生が始まる~

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25 義弟との親睦のはずが、真剣勝負を挑まれたので泥臭く勝ちました

 翌朝、春日山城の朝霧が晴れぬうちに、俺は顕景に呼び出された。

 場所は城の裏手にある稽古場。

 昨晩の祝言の喧騒が嘘のように、そこには静寂と、張り詰めた空気が満ちていた。

「景虎殿。……お早いお着きで」

 俺が指定された場所に伺うと、顕景はすでに、袴に木剣という軽装で待ち構えていた。

 その目は、昨晩の歓迎の辞とは打って変わって、愚直な武士そのものであった。

「義弟からの誘いだ、断る理由はない。……それで、稽古というのは?」

 俺は、顕景の手にある木剣を見つめた。

「ええ。武芸の稽古……というのは口実です」

 顕景は、静かに木剣を置いた。

「姉上から……景虎殿の力量を聞いておりました。武田を破った策士であり、北条の新たな牙であると」

「……伊保野はそのようなことを申しているのか」

(あいつ、余計なことを……!)

「……俺は、自分の目と耳でしか信じません。……姉上が幸せなら、それで良いのだ。だが……俺は、怖いのだ」

 顕景の全身から、殺気にも似た闘気が溢れ出す。

「景虎殿。俺と、真剣勝負を願いたい」

「真剣勝負? 木剣でか?」

「いえ、真剣です」

 顕景は、腰に差した愛刀・「五虎退ごこたい」を抜いた。

 その刃は、朝露を浴びて鋭い光を放っている。

「景虎殿。貴殿が、上杉の、そして越後の主に相応しい男か。この顕景が、この命を懸けて、確かめさせていただきます」

「……戯言ではないようだな、顕景」

 俺は、顕景の真っ直ぐな瞳を見つめた。

 その瞳には、野心も憎悪もない。ただ、上杉家を想う、純粋すぎるほどの義があった。

「清らかすぎて、清濁を良しとしない」

 伊保野の言葉が、脳裏をよぎる。

(この男を、殺さぬ程度に絶望させる、ねぇ。中々の無理難題を俺に押し付けるね、伊保野)

 俺は、腰の「風切丸かざきりまる」を抜いた。

 この刀は、北条幻庵が、俺の初陣の際に授けてくれたものだ。

「相分かった、顕景。お相手しよう」

 俺たちは、稽古場の中央で、対峙した。

 霧が立ち込める中、顕景が抜き放った「五虎退」の切っ先から、一滴の露が滴り落ちた。それが地面に触れるよりも早く、顕景の体が弾け飛んできた。

「――はあぁッ!!」

 裂帛の気合とともに、鋭い突きが俺の喉元を襲う。速い。昨夜の物静かな義弟とは別人のような、まるで槍のような踏み込みだ。

 俺は半身をかわし、「風切丸」の鞘を打たせてその威力を逸らす。火花が散り、鋼の擦れる嫌な音が鼓膜を震わせた。

「……いい太刀筋だ、顕景殿!」

「問答無用! 貴殿の底を見せていただこう!」

 顕景の剣は、まさに上杉の義を体現したような、正々堂々とした剛剣。一切の迷いがない。だが、それゆえに――。

(……綺麗すぎるんだよ、お前の剣は)

 俺はわざと体勢を崩し、誘いを入れた。顕景の目がそれを見逃さず、渾身の力で上段から斬り下ろしてくる。勝負を決めにきた一撃。

 ガキィィィィンッ!

 俺は刀を斜めに寝かせ、顕景の力を受け流しながら、その懐へ一歩踏み込んだ。

「なっ……!?」

 顕景の目が驚愕に見開かれる。俺の狙いは、刀ではない。空いた左手で、彼の鳩尾を強かに打ち据えた。

「ぐはっ……!」

 呻き、膝を折る顕景。その首筋に、俺は冷徹に「風切丸」の切っ先を突きつけた。

「……これで貴様は一度死んだ」

 静寂が戻る。

(勝つためには、綺麗事だけでは足りない。俺はそれを武田との戦で嫌というほど学んだ……俺は、この国を変えるためなら、多少の血は避けられないのかもしれない)

 

 顕景と俺が動かずにいると、霧の向こうから、誰かが拍手を打つ音が聞こえた。

「……見事。策士と聞いておりましたが、これほど泥臭い戦い方をされるとは」

 現れたのは、正室・伊保野だった。彼女は倒れ伏す弟を冷ややかに見下ろし、俺に艶然と微笑みかける。

「顕景、分かりましたか? これが勝つということ。貴方の教わってきた武士の道だけでは、この男には届きませんわ」

 顕景は荒い息を吐きながら、悔しげに拳を地面に叩きつけた。

「……俺の、負けだ。景虎殿……貴殿は、俺にないものを持っている」

 俺は刀を収め、顕景に手を差し伸べた。

「俺の戦い方は、武田と戦う中で、生き残るために足掻いているうちに身についた戦い方だ。意地汚いし、洗練などされていない。だがな、顕景……お前の清廉さも、これからの越後には必要になると思うぞ。両方あって良いんじゃないか」

 顕景は俺の手を掴み、ふらつきながら立ち上がった。その瞳からは、先ほどまでの刺すような敵意は消え、代わりに奇妙な連帯感が宿り始めていた。

「自分が届かないと絶望するには、まだ早いですよ、顕景」

 伊保野が二人の間に割って入り、俺の腕に絡みつく。

「さて、景虎様。弟を黙らせたところで、次は交渉ですわ。直江津の蔵田五郎左衛門が、早朝から貴方を待っております」

 俺は、まだ胸を押さえている顕景に笑いかけた。

「一緒に来るか、義弟殿? 俺たち経済で何をしようとしているのか、特等席で見せてやるよ」

 顕景は驚いたように目を見開いたが、やがて小さく、だが力強く頷いた。

「……御供いたしましょう。北条の牙が、この越後をどう変えようとしているのか……見極めさせていただきます」

 俺は伊保野に言う。

「顕景殿は特別だぞ。わかっているのだろうな、伊保野」

「はいはい、景虎様。それはもう」

「黙れ」

 俺は伊保野の腕を振り払う。

「お前、舐めてるのか。これから俺は上杉の家臣の前で道化をやる。蔵田に対してもだ。どうせ、手ぐすね引いて待っているのだろう。そんな時、俺が道化でいる時にお前がわかった風でいたら意味がないではないか」

 空気が引き締まる。

「伊保野。お前、邪魔を、するなよ」

 伊保野は無言で頷いた。

(……これくらい言っておかないと、この女はすぐ俺のコントロールを奪いに来るからな。まったく、生まれながらの女王か)

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