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鶴姫と景虎の国盗り経営録 ──戦国の怪物たちを円卓に集めたら資本で世界を取りに行った件  作者: みなと
第1章 北条の三郎編  ~家族と陰謀の中で、三郎が生まれる~

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19 上杉へ旅立つ前夜、妻にだけ本当の野望を明かしました

 小田原を去る前夜。俺と鶴姫は、慌ただしい支度の合間を縫って「最後の晩餐」を囲んでいた。 

 お膳に並ぶのは、玄米にハマグリのすまし汁、彩り豊かななますに季節野菜の炊き合わせ。そして主役は、脂の乗ったアジの塩焼きだ。

「……やっぱり、小田原の魚は最高だな」

 思わず独りごちると、向かいに座る鶴姫がふっと目を細めた。

 この時代、夫婦が向かい合って食事をするのは珍しい。だが、俺たちはこの時間を何よりも大切にしていた。単に食卓が楽しいからだけじゃない。ここは、俺たちの野望をすり合わせる「戦略会議室」でもあった。

「旦那様、薬湯のせいで変な気でも起こしたかと思ったが……本気だったのじゃな」

「ああ。最高に面白い景色を見せてやると約束したからな。ところで、堺の方は上手く行きそうか?」

「人の採用か。手の者に調べさせたところによると、何名か有能そうな者がおるとのことじゃ。しかし、面妖な条件であったな」

 俺は暫く前から、鶴に頼んで堺での人引き抜きを動いてい貰っていた。条件は、鉄の加工、鉄砲作りで高度な技術を持ち、しかし何らかの問題を持って厄介者となっている者。

 そんな都合の良い者いるものか、鶴は考えていたが、探せばいる者だ。殺人者、詐欺師など。。とても堺では働けないがたしかに技術を持った者はいた。

「流石だな、鶴。こちらに呼べるか?」

「言ってしまえば人買いじゃ。商人とは、罪人を労働力として購入する、ということで話はまとまりそうじゃ。じゃが、面談は越後になるかのう」

「ありがとう。楽しみにしている」


 箸を置いた鶴姫が、真剣な眼差しで俺を射抜いた。 

「ところで、旦那様」

「どうした?」

「……本当のところは何を求めて上杉へ行く? 義父上たちへの説明は嘘ではなかろうが、すべてでもないはずじゃ」

「……隠しごとはできないな」

 俺は苦笑いして、質問を質問で返した。

「鶴なら、俺が何を狙っているか分かるんじゃないか?」

「わからぬから聞いておる。越後の青苧あおそや金山を握る……それだけではあるまい?」

少し不機嫌そうに頬を膨らませる彼女に、俺は観念して「奥の手」を出すことにした。

「これを見てくれ」

 俺は懐から、氏康公から譲り受けた一幅の書を取り出した。氏政のサポートのお礼として頂いていた。机の上に広げられたそれを見て、鶴姫が息を呑む。

「……なんじゃ、この奇妙な図は」

「世界地図だ。伴天連の宣教師たちが持ち込んだ、この世界の真の姿だよ。さて、鶴。この中で日の本はどこだと思う?」

 鶴姫はしばらく地図を凝視していたが、やがてお手上げだと言わんばかりに首を振った。

「見当もつかぬ。吾の知る形がどこにもないわ」

 俺は地図の端にある、小さな小さな島国を指差した。

「ここだ」

「…………は?」

 鶴姫は絶句した。穴が開くほど地図を見つめ、震える声で呟く。

「……吾をからかっているのではあるまいな? この日の本が……こんなに、これっぽっちなのか?」

 俺は畳み掛けるように、彼女も知る大国の名を指していった。

「ここが明。ここが天竺インド。そしてこの先が、南蛮ヨーロッパだ」

「なぜ……そんなに詳しいのじゃ」

「必死に学んだんだよ(現代の義務教育でな)」

 俺は地図をなぞりながら、かつての師・徳本先生の話をした。

「徳本先生は嘆いていた。大陸から届く薬の材料が、砂金と同じ価値で取引されていることを。高すぎて、本当に救いたい民に薬を届けられないことをな。……俺は、誰もが自由に海を渡り、商いができる世界を作りたい」

「旦那様……」

「日の本を統一するのに、あと二十年も三十年も待っていられない。五十になって初めて統一できたとして、そんな頃には俺はジジイだ。世界に漕ぎ出す時間がなくなってしまう」

 賢い鶴は、即座に俺の意図を察した。

「……合点がいったわ。だから北条と上杉なのじゃな。北条だけでは外海への道が遠い。ならば、越後の直江津を世界の入口にするというわけか」

「その通り。織田や徳川が中央で泥沼の権力争いをしている間に、俺たちは北条と上杉を一つの巨大な経済体に仕立て上げる。戦に使うエネルギーを産業と交易に回すんだ。西回りの航路を開き、世界と直接繋がる。……それが、俺の描く最短で世界に向かう方法だ」

 静まり返った部屋で鶴姫はしばらくの間、再び地図をじっくりと眺めていた。そして、いたずらっぽく微笑む。

「……旦那様。これほどの大法螺、よくもまあ、真顔で吹けたものじゃな」

「ああ。法螺はこれくらい大きくないと、吹き甲斐がないだろ?」

「ふふっ。その音色、吾は嫌いではないぞ。……天竺や南蛮、吾も行ってみたくなったわ」

 彼女の瞳に、好奇心の火が灯る。

「行けると思うぞ」

「旦那様、女子でも船操っている者はおるだろうか」

「……もう少しすると、カリブ海の方に海賊でいたような気がするが、まだいないかな?」

「では、吾が世界初かもしれぬのう」

 

 小田原の夜は更けていく。明日、俺たちは北条の殻を破り、まずは雪国・越後へと翔ける。

「ついてきてくれ。まずは上杉輝虎に、この大法螺の後見人になってもらおう」

「……よいのか?」

「何がだ?」

 鶴は少しほほ笑んだ。

「……旦那様。吾を置いていくのではないかと、一瞬だけ思ったのじゃ」

「そんなわけないだろ」

※お読みいただきありがとうございます。

ここまでで北条編は終了です。次回から越後編が始まります。

三郎の物語はようやく動き始めました。

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