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ろくでなし

 あおてんもく探偵事務所の所長の苗字は、青に天目と書いて本当は「なばため」と読む。

 しかし看板を「あおてんもく」としたのは、探偵事務所はア行という習わしに準じたからではなく、ただ単に出資者の嫌がらせに近いお遊びである。


 事務所の所長にして唯一の所員である青天目(なばため)当麻(とうま)は、大きく溜息を吐きながら自分のろくでもないクライアントにコーヒーを差し出した。


 クライアントは青天目の事務所の応接用の長椅子に座っているのだが、座ってるとは青天目にはどうしても見えない。

 彼は右のひじ掛けに背中を当てて、標準身長の体には不釣り合いなほどの長い足をソファに投げだして、ソファに寝転んでいると言った方が正しい姿勢なのである。


「君の分は?」


「結構です。」


「ふうん。」


 青天目の眼前で優雅に黒皮のソファに転がる男はかるく両眉を上げて見せると、そのだらしない格好のまま器用にコーヒーカップに手を伸ばした。


 髪が真っ白で高齢なことを窺わせるが、その男の顔は六十代前後ぐらいに見える程度の老け方である。

 生来のものか肌は日本人離れした白さで、けれども、そんな肌には老人特有の染み一つない。


 まるで若者が年寄りに化けているかのようにも見える彼は、昭和初期の銀幕スターのごとく真っ白なスーツを纏っている。

 三つ揃いとなるべき中に着たベストがビーズ刺繍で金色にも輝く派手派手しいものであるのは、本人が自分を俳優であるかのように演出しているからであろう。


 ここで青天目が忌々しく思うのが、この目の前の金満で傲慢な投資家が地味な格好をしても目立つだろう美男子であるという事実だ。


 体が横にも縦にも大きく鈍重だと自分の姿を考える青天目には、目の前の男の姿形は憧憬どころか嫌味にしか感じず、嫌味に感じてしまうのは、その外見が警察時代の同僚を彼に思い出させるからである。

 失態で流されながらも、流された先で出世を続ける楊勝利。


「にゃあ。」


 青天目の足元で猫が彼に呼びかけ、彼が見下ろせば真っ白で水色の瞳を持つペルシャ猫が彼を見上げていた。

 彼は自分がカットしたせいで小さな熊のぬいぐるみのようになってしまった猫の姿に微笑みながら抱き上げ、この猫を彼に押し付けた人間が目の前の長谷貴洋であったことも思い出し、目の前の長谷の所業を何でも許せる気がした。


 彼は死んでいる筈だが生き続け、今や実の子供の前に出れば「成仏しろ」と塩を撒かれて追い払われる身の上なのだ。

 そんな家族を失った彼が家族のいない孤児同然の自分を手下にして揶揄って遊ぶのは、自分を家族同然に思い、彼の失った家族代わりにしているからであろうと。


「あ、べべちゃんの毛を刈っちゃったんだ。うわあ、せっかくのペルシャ猫が。」


「いいんです。この子だって毛玉が無くなったってご機嫌なんだから、いいんです。」


「はは。おいで、べべちゃん。」


 長谷が呼びかけて手を伸ばすと、青天目の腕の中の猫は青天目の胸板を思い切り蹴りこんで長谷の腕の中へとぴょんと飛んで行った。

 青天目が恩知らずな猫に溜息を吐くだけなのは、長谷がその外見で女性を誑し込むだけでなく、なぜか猫さえも思い通りに操れる男であると知っているからである。


 長谷が外に出れば必ず猫が彼の足元に寄って来て、彼は猫が嫌いと言いながらも抱き上げてどこかに連れ去る。


 以前にどこに連れ去るのかと後を付けたら、彼は公園で寛ぐ楊の足元に猫を放していた。

 青天目がそのまま眺めていると、楊は自分の足元に来た猫を懐から取り出した餌で釣り、嫌がる猫を嫌な顔をしながら抱き上げ、そのまま近所の動物病院に連れて行ったのである。


 そして楊はどこかに電話をかけると病院の前から姿を消し、その小一時間後にその動物病院の前には赤茶色の一昔前のセダンが停まった。


 中から出てきたのは楊が結婚したと聞いた松野葉子ではなく、同じぐらいの年代だが南国を思わせる日焼けしたような肌色にグレイの髪を持つ美女である。

 彼女は空のキャリーバッグを抱えながら動物病院に入り、出て来た時にはバッグには楊の連れ込んだ猫が入っていた。

 そして、彼女は車の前で叫び声をあげたのである。


「あの馬鹿孫!拾った猫を全部私に押し付けて!全く、父さんとそっくりだわ!」


 長谷のひねくれた家族との邂逅の仕方までも思い出し、青天目はこの哀れな妖怪に自分が親に持つ情までも持ってしまっていると認めるしかないと、あの彼の娘のように彼の後始末をしなければと、長谷が持ってきたゴミへと身を屈めた。


 コンビニエンスストアのビニール袋はソファの足元に適当に放って置かれていたが、その袋の中身はコンビニで売っている商品ではありえない年代物のガラス瓶であった。


「何ですか、これは。この瓶の匂いって、あっ。」


「あぁ。舐めちゃだめだよ。お縄になる。よーく洗ってリサイクルに出しておいて。」


「舐めませんよ。これはアヘンじゃないですか。警察の講習で嗅いだことがありますよ。どこからこんなものを!」


「えー警察の押収室。意外と管理がずさんだから驚いたよ。」


「あなたは生前は警視監という偉い警察官だったでしょう。それなのに警察から泥棒なんかして!何をやっているんですか!こんなものを使ってまた何かくだらないことをやったんですね。」


「だって詰まんないんだもの。息子は会いに来ないし、青天目君はすぐ怒るし。」


「くだらない事ばっかりやっているからでしょう。いい加減にしなさい!」


 長谷は子供のように唇を尖らし、長谷の胸の上で大の字になっている青天目の猫は、長谷を怒らないでという風に飼い主の青天目に向かって「にゃあ。」と鳴いた。

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