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モルモット妖怪が闇討ち

 繊細な俺が肉を食べられなくなったどころか生肉にさえも触れられなくなっていた数日間、家事もしない子供は肉が食べられないからと毎日不貞腐れて仕事までも投げ出す始末だった。

 反抗期の子供に辟易させられる羽目になったのはなぜかと考えれば、俺は髙という特定人物に対してかなりの殺意を抱きながら悶々と過ごすしかなく、けれど、同時期に進行していたとある事態を知ったことで俺の気は解された。


 一言でいえば、久美が梨々子に婚約を破棄をされたのである。


 梨々子が深道に恨まれて襲撃を受けたのは、彼女が女装させられている青年だと深道に勘違いされて恋心を抱かれていたからである。

 深道は自分の真実の愛によって梨々子を家族からの呪縛から解き放ち、本当の愛に目覚めさせるつもりであったらしいのだ。


 事件から数日後、深道が梨々子に宛てて書いていた恋文が松野の家に届けられたのだ。

 もちろん、楊と葉子は慌てて梨々子から取り上げたが、いじめに立ち向かわねば自分の子供を守れないと覚悟を決めた梨々子は、楊と葉子がいるのだからと手紙を開けた。


 長い長い手紙には、深道が梨々子と出会ってからがくどくどしく書かれており、最後には、待っていて、とあったそうだ。

 わたしがあなたを助け出し、本来の王子様に戻れるようにしてあげる!似合わない女の服なんか、二度と着なくていいのよ!、とも。


 深道の手紙から彼女の想いを知った梨々子は、男にしか見えない自分だと完全に自信を喪失し、周囲の慰めからも逃げるようにして部屋に籠った。

 久美はそんな梨々子を慰めて説得するべく、松野家の中庭に忍び込んでは防犯用に放されているガチョウ達に蹴られているという。


 俺はその話を聞くや久美の狼狽を想像して数日ぶりに大笑いをしてしまったが、そのことで俺を慰めもしなかった周囲から大非難を浴びただけだった。


 しかし、ここは笑うべきところだと俺は思う。

 慰めるよりも笑い飛ばす行為によって、いかに深道が壊れた思考だったのかを梨々子に知らしめなくてどうするというのだろう。

 あんなモデル体型の美女を誰が男と見間違えるというのか。


 だが、いつもながら俺は理解されるどころか人非人と罵られ、誰からも見捨てられたように感じた。

 そこで俺は俺を受け入れて癒してくれるだろう者の所へと赴くべく自宅の門扉を出た筈なのだが、なぜか俺は自宅前で佇んだまま白くて小さなふわふわを腕に抱えていた。


 それは、水野の部屋に向かおうと自宅の門扉を出たところで、俺は髙と同じぐらいの敵の闇討ちにあったのである。


 正確には真っ昼間討ちであるが。


 俺の進行を妨げるべく黒塗りのベンツが我が家の門扉ギリギリに停車しており、俺への忌々しい障害物となっているベンツの後部座席に乗っていたのは、俺が会いたいと思った事は一度も無いと言えるモルモット妖怪だ。


 玄人は昔の文豪のような洒落た老人だと浜田を褒めるが、玄人は本当の悪党こそ善人に見えるものだという世界の真実をわかっていない。

 人が良さそうに見える浜田にこそ、全人類は危機感を持って対処せねばならないだろう。


 さもないと、浜田によって生み出されるモルモットによって、世界は生命ピラミッドのバランスを崩すに違いないのだ。

 あいつらはぽろぽろと増え続け、満腹中枢の壊れた体で世界の緑を貪り付くし、そして、荒廃した大地をコロコロウンチで埋めつくすであろう。


 しかし、俺は常識人だ。


 浜田のベンツの横面を蹴りこみたい誘惑を押し殺し、数年前は俺を不動産業界から締め出そうと企んだこともある男に対して、俺はなんと営業スマイル迄つけて友好的な挨拶までもしたのである。


「こんにちは。あなたとお約束などございましたっけ?」


「うわぁ、怖い。」


「え?」


「あぁ、怖い怖い。百目鬼さんたら、そんなんだから誤解されやすいんだよ。ほら、この子を見て癒されようか。里親が決まったんだよ。」


 浜田は俺を侮辱しながらも気さくそうな声を上げ、膝に乗っていた二匹のうち、白いふわふわの方を両手で抱え上げた。

 それから俺に見せつけるようにして、車窓から突き出して来たのである。

 俺は反射的に後退ったが、俺の真後ろには我が家の門扉が控えていた。

 後退れねぇ。


「――良かったですね。」


「うん、良かったよ。色々考えて、最高の人を見つけたんだ。さぁ、これがこの子を抱く最後のチャンスなんだって。百目鬼さん、ほらほら。」


 俺を伺うように見上げるふわふわのそいつはやはり触り心地の良さそうなふわふわで、一度くらいは抱いてみたいと思っていた自分を認めることにした。

 つまり、ようやく白いふわふわの脅迫から罪悪感も無く逃れられると気が緩み、俺は浅はかにも浜田に差し出されたそいつを受け取ってしまったのである。


 ふわふわのそいつを抱きしめるや、捨て去りたいと忘れていた過去が俺の脳裏に蘇った。


「あ、畜生。アンズの時もこうだったじゃねぇか!」


 時すでに遅し。

 浜田のベンツはもはや俺の前には無い。


「こんのモルモット妖怪が!お前はろくな死に方をせんぞ!」

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