君が望むように
落ちている哀れな生き物は何でも拾うと有名な男は、その日、逢魔が時ともいう薄暗い夕闇の中で大型の両生類に出会った。
「あ、こんなところにウーパールーパー。」
ミニチュアダックスぐらいの大きさの四つ足の生き物は、ピンク色の透明感のある肌にクリーム色の触手をエラから生やした姿をしていた。
そしてそれは警察署のエントランスの真ん前にて置物のようにピクリとも動かず存在し、しかし目線だけはエントランスから出てきた楊をじっと見つめているのである。
楊はどうしてこのような生き物が警察署の駐車場に転がっているのかを考えこむどころか、自分を睨む生き物であるにもかかわらず無造作に自然な動作で拾い上げていた。
そして、楊に拾い上げられた生き物は楊に抵抗するかのようにピンクの体を真っ赤に染め、生き物の変化に呼応するかのように竜巻の風のようなものが楊のスーツの裾を巻き上げた。
「君は炎の風を呼ぶんだね。でもさぁ、俺の鳥は炎そのものだから、俺には効かない、かな。燃やすって言うよりも、爆発を伴う太陽のフレアって奴だから。」
楊の腕の中の両生類は彼の言葉を理解したかのように彼を見上げ、そしてしばし魂の感じられない黒く透明なガラス玉そのもののような瞳で彼を見続けた後、彼の言葉が事実なのだと理解して観念したかのようにがくりと力を抜いた。
楊は意気消沈した哀れな生き物の頭を自分の肩に持たせるようにして胸に抱き直すと、警察署の斜め向かいにある豪邸、今のところは下宿先でしかない我が家へと足を向けた。
「ぐがぁ。」
蛙のような鳴き声に楊は足を止めたが、その鳴き声は楊の抱く生き物からではない。
楊の頭上、つまり斜め向かいにある電柱、そこから伸びる電線に止まる鳥の影からだ。
楊は鳥を見上げた。
真っ黒く、まるで失敗した鏡餅のような二頭身のシルエットの鳥は、ピンクトルマリン色の大きな双眸で楊を見下ろし、楊と目が合うや再び鳴き声を上げた。
「ぐあぁ。」
真っ赤なくちばしの大きな口を開けた姿はがま口の財布の様であり、大あくびをしているようにしか見えない雄たけびは飼い主である楊への抗議である。
この自分こそお前の本当の使い魔なのである、と。
楊はふうっとため息を吐くと、左腕を鳥へと向けて伸ばした。
「おいで、よっちゃん。」
大きな黒い鳥は電線から舞い降り、しかし、楊の差し出した腕ではなく楊の頭の上に止まり、そのまま楊の頭の上で失敗した鏡餅のような体勢でべちゃりと貼り付いた。
楊は頭の上の鳥にため息を吐き出すと、両生類を抱き直し、再び愛する女達が彼を待つ我が家へと歩きだした。
「家の無い奴は俺のところに来い。俺も無いけど心配するな。はは、俺がお前の飼い主を殺しておいて、それは無いかな。」
楊の頭の上の鳥がぐあっと鳴いたが、鳥の声が自分を慰めているように楊には聞こえたのは、鳥自身がもともと楊自身のようなものであるからだろうか。
この楊の頭上に寛ぐ何でも燃やす黒い鳥は、一般的な獣遣いである玄人達が持つような使役獣ではない。
楊の能力そのものを楊から抜き出されたうえで、楊の前世の父によって再構築され直したものであるのだ。
「ぐあぁあ。」
「ごめんね、よっちゃん。俺はまた君を汚しちゃったね。」
「ぐあっ。」
楊のかけた言葉にすぐに鳴き返したのは、それは違うと抗議をするかのようであったが、楊にはそれが自分の保身の声のようにしか聞こえなかった。
「ぐあああ。」
楊は頭上の鳥の声に微笑んだ。
同僚の目の前で部下にセクハラをする羽目になったなどと、何度も思い出して落ち込む必要など無いのである。
「さぁ、君の名前も決めないとね。俺の頭の上の鳥さんはよっちゃん。ガマグチヨタカさんだからねぇ。」
楊に抱き直された両生類型の魔物は楊から嫌そうに眼を逸らし、楊は魔物の不貞腐れた顔に萌との行為が蘇ってしまった。
楊に抱かれてキスをしたいと望まれ、楊は傷だらけの佐藤にそっと唇を寄せた。
まずは瞼が無くなり白く濁った左目。
楊の唇が触れた左目はピクリと痙攣すると、すっと濁りが消えて真っ黒な瞳に輝き、そのままそっと瞼を閉じた。
次に彼は彼女の額、鼻、眉間と、とにかく顔じゅうに優しく唇を寄せていた。
彼の心の中は愛している彼女の完全な姿であり、彼の心を察知しているかのように彼の唇が蹂躙した所は次々と元通りの白く艶やかな皮膚の色を取り戻していく。
そして、楊のキスは萌に痛みを与えないようにと楊が配慮しているというものであるというのに、そのうちに彼女は楊の頭を引き寄せて自分の唇にキスを強請ってキスを深いものと変え、さらには美しいピンク色の頂を持つ乳房へと彼女に捕まれた右手で触れさせられたりもしたのだ。
キスを与えるどころか襲われたような目に遭った楊だというのに、萌から顔を上げた楊に対して彼女は暗黒妖精の異名を発揮するだけだった。
つまり、佐藤はすっと楊から目を逸らしたが、それは気恥ずかしさからでは無いだろうと一目で理解できそうな溜息をふうっと一息吐いたのだ。
その上、楊を更にがっかりさせるような呟きまでも、佐藤は口にしたのである。
「なんか、思っていたより良くない。」
「だから何度も言ってんだろ、俺は下手だって!」
楊は中学生のように萌に言い返しており、全てを見ていた髙に楊が散々に笑い飛ばされたのは言うまでもない。
「あ~あ。あいつは葉子に似ているな。俺のことを考えて考えすぎて、俺が一番楽になる方法を取るんだ。本気で馬鹿野郎だよ。わかっていて甘える俺が。」
楊は自分を待つ妻が待つ家へと足を踏み出した。
前世のあの日々のように、自分を待つ妻の元へと。




