最後の後始末をお願いします
俺が指差したのは島根の遺骸を抱きしめたままの馬淵と、楊に捕縛された後に警察病院に送られたはずの深道だ。
彼女達は狭い部屋の真ん中にある小さな事務机に向かい合わせにしてパイプ椅子に座り、俺達の存在など全く認識していない風情で俯いたままである。
「引導ね。百目鬼さんは本当に破壊的だ。僕はさ、相談だけだったんだけどね。」
「あなたが相談するべき上司はどこですか?」
「あなたに相談しろって消えました。」
「あぁ?」
髙こそ楊に振り回されているのであり、彼は上司であり相棒である楊が不在だからこそ俺に頼るしか無いのだと思い当たった。
だとしたら、髙が俺を振り回すのも楊次第と言う事が出来る。
では、楊さえ何とかすれば、俺は髙に無理難題を押し付けられる事態を避けられるのではないだろうか。
自分の思い付きが自分には福音のようにさえ思え、そこで気が明るくなってきた純粋な俺は、唾棄すべき髙に同情さえも抱いてしまっていたのかもしれない。
気付けば俺は、警戒すべき男に無防備にも頭を下げていたのである。
「すいません。あいつが誰よりもろくでなしだった事を忘れていましたよ。」
「いえ、いいですよ。かわさんはこの事実を知りませんから。」
俺は軽い口調で答えた男の言葉の内容にかなり驚いていたと言ってもよい。
そして、そんな俺の顔つきが楽しいのか、髙は嬉しそうに軽く笑った。
「あはは。そんなに驚かないでくださいよ。かわさんが全部を知らないって、うちの課ではよくある事なんですから。些末な事まで、ぜーんぶ、上司に報告することも無いでしょう。」
「――あいつは本気でお飾りだったのか。」
「ひどいなぁ、百目鬼さんは。違いますよ。情報が多すぎれば判断が狂うでしょう。それだけですよ。正義の名の元に馬淵が殺人に手を染めていて、出来上がった死体を愛良を使って隠していたなんて知らなくていい。島根巡査を消したのは愛良ではなく深道であり、それは馬淵の真実を知った彼女が馬淵を消そうとして間違っただけという事も知らなくていい。それに、馬淵が深道を殺して自殺をしてしまうなんて、監視を緩めた僕の完全な失態でしょう。だから、死人が二人生まれたってしか僕はかわさんに報告していないのですよ。」
俺が直視したくもない二人、小さな事務机を間に向かい合って座る深道と馬淵は生きていて死んでいるものとなっていたのである。
深道の胴体には対面の馬淵が見通せるような丸い穴が穿たれ、馬淵は左目どころか側頭部を失っていた。
「今更、あなたが取り繕う必要も無いでしょう。」
俺は髙が深道と馬淵の監視を緩めたのは失態ではなく、敢えて共食いをさせるためにだと確信していた。
髙があれほど深道を追っていたのは、正義を行っていると思い込んでいた深道も、真壁と同じく悪だと思い込んだ相手を手にかけていたからであろう。
つまり、馬淵と深道は同じ穴のムジナであり、髙にとっては同じぐらいのただの連続殺人者なのであり、彼が二人同時に葬れる方法を取るのは火を見るよりも明らかだといえるのだ。
そして、楊こそ髙の習性を俺よりも知っている筈なのである。
「酷いな、百目鬼さんは。本当に、僕には辛らつだ。」
「一般人の俺に警察の裏仕事に巻き込むあなたが何を言います。俺こそ不思議ですけどね。楊は俺が思っていたよりも経験の高い警察官だ。俺が思っている以上に泥水にも浸かっている。あなたが知らないわけがない。俺の知らないあいつを知っているあなたが、あいつに報告を躊躇った本当の訳は何です?」
「――習性、ですね。僕は同僚の自殺は認めたくない人間ですから。」
答えた彼はそのまま死人になった馬淵を見返すように首を回した。俺から背けた彼の横顔は影を帯び、彼の瞳は哀れな女達ではなく、馬淵の傷跡に注がれている。
「そうですか。わかりましたよ。楊に知られる前に経を読みましょう。あなたが楊から隠したいのは同僚の自殺の事実よりも自殺方法の方でしょうけれどね。」
水野によれば、深道に襲われた時、馬淵は炎を呼ぶ呪文を唱えていたというのだ。
深道の胴体の穴も馬淵の側頭部の傷跡も何かで焼かれたかのように、否、そこで爆発が起きたかのように焦げ付き、黒々と爛れている。
髙が楊に知らせたくないのは楊にも全てを燃やせる能力があるからだろうと、俺は髙の気持ちが解るほどに解ると降伏をせざるを得ず、降伏したならばと、俺は哀れとしか言いようのない二人に対して観念して両手を合わせた。
せめて、俺の中に血みどろの惨状というトラウマを残さないようにと、彼女達の傷一つない生前の姿を思い浮かべようと俺が経を唱えながら努力したのは言うまでもない。




