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君に思いを抱いていたからこそ

「かわさん、佐藤を。」


「――わかっている。わかっているけどさ。俺は何も考えずにこいつを抱いていたいんだ。こいつはこんなにも俺を求めているんだよ。」


 楊は自分に対する佐藤の気持ちも水野の気持ちも知っていた。

 知っていて二人を愛していたからこそ、彼は二人の愛が欲しいと望み、二人同時に愛する卑怯者の道を取るためだけに彼は二人をいつも一緒にしていたのである。


 そして、今この時は誰にもはばかることなく、彼は愛する女をその腕に掻き抱いていられるのだ。

 楊の様子に彼の相棒は楊がすべきことを代りに成さねばと溜息を吐き、彼は左手で背広の前を開くと右手の拳銃を胸元のホルスターに仕舞い込んだ。

 それから空になった右手を背広の内ポケットに突っ込んだが、そこから現れた右手が掴む者は彼のスマートフォンだ。


「――仕方が無いですね。僕が病院の手配を。」


「うわあああああああああ。」


 突然の叫び声に髙も楊も動きを止め、叫び声の上がった方向に首を回せば、鳩尾から灯油ポンプをぷらぷらとぶら下げている深道が立ち上がっている。

 彼女は自分の鳩尾に刺さる灯油ポンプを両手で掴んで抜き取ると、そのまま楊達に向かって投げつけた。

 灯油ポンプは楊を目掛けて飛び、しかし、ポンプは楊のすぐ横の壁にぶつかった。


 髙が咄嗟にスマートフォンを持っていた右手でポンプを弾いたからであるが、その行為によって髙は外部への連絡手段を失った。


「かわさん、僕が電話をしますからあなたのスマートフォンを。」


「あぁ、うん。」


「おまえらは、ぜんいん、ほろぼします。われ、聖なる使者、われ、白き使い魔、ぷプルぷ、ぷぷるにか、ぷぷぷぷぷぷぷ。」


 深道は万歳のように両手を天に向かって差し上げた。

 すると、死人となった少女の足元に白い輪がぐるりとひかれ、そこから光が上に伸び始めた。


「術具はないはずでしょう。」


「自分自身が死人という術具になったんだよ。あぁ、いやだ。」


 楊は佐藤を右腕だけで抱き締めなおすと、面倒そうに左腕を深道に向かって伸ばし、そのまま左手の掌を深道に翳すようにぐいっと跳ね上げた。


 ぼしゅん。


 深道の鳩尾には大きな穴が穿たれ、そして、スチール台の上で狂乱していた二体の死人の頭部の一部をも一緒に吹き飛ばしていた。

 三体の死人はその場にばたりばたりと倒れ、真壁に喰らいついていた島根はしゅううと音を立てながら転がり、遂には完全に水分を失った萎んだ姿で転がっている。


「あぁ、俺は何をやってんの。人を助けるお巡りさんが。」


「死人の動きを止めるには痛みだけですからね。お見事と、僕は思いましたよ。」


「やめてよ。」


「――ねぇ、かわさん。スマートフォンを失って気付いたのですけどね、そこに身代わりとなる死人もいますし、身代わりの術は出来ませんか?」


「はは、今の俺には出来そうだけどね、俺には出来ないんだ。ちびがやるのを何度見ても理解できないんだよ。――でも。」


 既に彼はスマートフォンを取り出しており、番号も押さずに耳に当てた。


「ねぇ親父、俺はどうすればいい?」


 楊は一言も説明などしなかった。

 ただ尋ねただけである

 尋ねた相手は楊の前世の父であり、現世では死んだはずの死んでいない曽祖父だが、彼が楊に起きた出来事を知らないはずが無く、楊は佐藤の現状を口にしたくはなかったのである。

 言葉にした時、佐藤の状態はそこで固定されてしまう気が楊はするのだ。


 電源を入れただけで通話状態でないはずの無音のスマートフォンはぶるっと一度震え、上等な酒を飲んだばかりのような機嫌のいい含み笑いが楊の耳をくすぐった。


「おい。」


「ふふ。イイズナにしたみたいにすればいいじゃない。」


 ぷつっと電話は切れ、楊は途方に暮れた。

 楊には女性の気持ちなどよくわからない。

 彼はスマートフォンを床に置くと佐藤を顔が見える様に両手で抱き直し、彼女の右耳に口元を寄せて囁いた。


「ごめん。萌。辛いだろうけど目を開けて。君は元通りになれたら何がしたい?」

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