成仏を願う行為
あの日、松野の駐車場に俺が駆け付けると、楊と玄人の前から最後の救急車が走り去ろうとしているところであった。
楊は救急隊員に何かの指示をしているようだが、玄人はそのわきで小さな小箱を胸に抱えてぽつんと立っていた。
俺が近づくと玄人は俺に嬉しそうな顔を見せるどころか、俺に気付かないままとても嫌そうな顔をして何かの考え事に没頭しているようである。
「どうしたんだ?」
「どうしたらこの子を死なせてあげられるのかなって。」
全てのきっかけはやはりイイズナなのだそうだ。
鼠の罠にかかってゾンビ化したイイズナだが、死体のままだからこそ傷が治るはずもなく、治らないのであれば傷の痛みが消えることも無いという事である。
そんな状態に陥れば人間だろうが獣だろうが過去の幸せだった記憶に逃避したくなるものだと、聞いた誰もがそうだと同意するしかないだろう。
だが、本来であれば哀れな獣のそれだけの行為でしかなかったものが、イイズナが大昔には使い魔として使われることもあった霊獣だったからか、それが呼び出す記憶が具現化してしまうという事態が起きてしまったというのだ。
まず最初に巻き込まれたのは、日比野愛良の父親。
イイズナを病院へ運ぶ際中に事故を起こした彼の大怪我は、彼がイイズナに同情を寄せすぎたがため、イイズナの精神と同化してしまった事によって引き起こされたのではないかと玄人は語った。
「梨々子の体の状態がまさしく、それ、でしたから。梨々子はイイズナに同化しすぎて、それで取り込まれちゃったんだと思います。だって、松野さんちはかわちゃんの結界がちゃんと機能していたから、深道が術を施せるはずがないでしょう。だからどうしようかなって悩んでこっちに戻って来たのですけど、クミちゃんが肩代わりしていたから良かったなぁって。」
「お前はアミーゴには冷たいよな。可哀想な久美君。」
「良純さんたら。梨々子とイイズナが同調したままだったら、僕も一緒に同調する状況を作らなきゃじゃないですか!僕には共感力なんか無いから、無理、です。今の状態だったら、怪我は無いよとクミちゃんに伝えてお終いですもの。」
俺は玄人の言葉を聞いて、共感力云々の前に小動物に共感する行為は俺には無理だと玄人に同調するしかなかったが、俺には楊という小動物系の親友がいた。
楊は救急車を見送ると、俺達の所にやって来た。
それから楊は玄人が抱えていた臭い小箱を受け取った。
楊が何をするのかと見つめていると、彼は箱の中の生き物を箱から大事そうに取り出すや、なんと、その小汚い生き物に頬ずりしはじめたのである。
半分腐ったような生き物に、だ。
すると、その生き物は楊の愛情に応えようとしたからか、楊の暑苦しい行為によって人間から逃げ出したいという本能が呼び覚まされたからなのか、とにかく、楊の手の中でようやくの命を終えたのだ。
がくり、と。
「かわちゃん。どうして死んじゃえたの、それ。」
当たり前だが、その質問は同じような術者である玄人のものである。
「いや、普通にさ、怪我一つ無い体で元気いっぱい草原を走り回っているイメージを与えただけだよ。この子が自分の世界を呼んでいたのはそれが理由だって、お前が言ったんじゃん。」
「言ったけど、動物とそこまでのイメージ共有は無理ですよ。ふつうは。」
小さな生き物の死に両目からぼたぼたと涙を流していた楊は顔を上げると、玄人に対して宇宙人を見るかのような目線を向けた。
「お前さ、お前の後ろのオコジョさん達が俺のところに来たがるのって、お前のそういう所が問題だからじゃないのか?もうちっとさぁ、オコジョさんを労わったり可愛がってやろうよ。」
「かわいがっています。呼び寄せた青森のオコジョには、これから青森に返すためだけに一匹一匹頭を撫でなきゃなんですよ、僕は。数えきれないくらい大量なんです。三匹だけの人に言われたくありません。」
「あ、むかつく。かっちーんてきたね。俺なんか数いなくても異種混合だから。もう、意思の疎通が全くできないスライムだって沢山いるんだからね。」
他人に聞かれたら楊が大声でゲームの話をしている痛い人にしか見えないと、俺は楊の腕を引っ張って痛みに苦しんでいる久美の所に連れて行くことにした。
玄人の言う通りにすれば久美の体は元通りになるのだろうが、なんとなく玄人によりも楊によって「怪我などしていない。」を告げられた方が久美の心身には良いような気がしたからだ。
しかし、楊を引き摺って久美の病室に辿り着いて見れば、これは俺の短慮だったと認めるしかなかった。




