せっかくだから転生世界風に
楊の獣道は使えない。
楊は自分の獣道に佇みながら、何て自分は嘘吐きだとにんまりと微笑んだ。
楊自身が自分の獣道が危険だと使わなければ、楊の獣道に自分の獣道を交差させる術者はいないだろうという目論見だ。
吸血スライムに時々エンカウントできるという評判の楊の獣道は、周囲が思っている以上に整備され、楊によってスライムも数を減らしている。
「獣道が術者の心象風景ならさ、尚更他人に踏み込まれたくないよねぇ。」
楊は首のコリをほぐすように肩をぐるりと動かすと、彼が今佇んでいる青々とした下草がそよいでいる林のような木立の中を歩き出した。
さくさくと楊が歩き続ける先には、障子のように柱と白い漆喰が組み合わされている外観が特徴の、チューダー様式の小さい屋敷が姿を現した。
木立は屋敷を中心として丸く円を描いたように途切れており、屋敷の周囲にあるものは青々とした芝生と正面にある円形の花壇と噴水である。
楊はその屋敷の正面扉の真ん前に立つと、クルミ材の両開きのドアを軽くノックした。
楊は獣道が術者の好きに作れる個人的な世界ならばと、自分の獣道を遊び心でゲームの世界のような箱庭にしてしまったのである。
「ちびが俺の獣道をロールプレイングに例えたって事は、奴は覗きに来ていたんだな。危険な奴。スライム以外の物も放さなきゃかなぁ。」
楊のノックの音に楊の幼稚さを知っているだろう女性の笑い声が室内から響き、そして両開きのドアの片側だけが外側にそっと開かれた。
ドアを開けた人物は十歳くらいの少女であり、彼女は木目込み人形のような色とりどりの着物を着こんでおり、頭には大きなちりめん細工の沢山の花で飾られた髪飾りを飾っていた。
しかし華やかな着物と違い少女には色が無く、おかっぱにしている髪は老婆のように真っ白で、肌は抜けるようなどころかただ白い。
唯一色のある黒い目によって少女は白い蛇を連想させるが、少女自身は蛇どころか小さな生まれたてのヒヨコのようにおずおずと楊を見上げた。
すると楊はふっと表情を柔らかくして少女に笑いかけ、少女の頭のてっぺんに右手を乗せた。
「ただいま。」
「おかえりなさい!」
ぱあっと表情を華やがせた少女は子供特有の声で楊を出迎え、楊の手を嬉しそうに自分の両手で押さえつけた。
この手を自分から離さないで欲しいという必死さも込めたのだろうが、知っている筈の楊はその手から自分の手をするっと抜き出した。
だが、少女は楊の行動に抗議するどころか、仕方が無いと受け入れるかのようにそっと微笑んだだけである。
「さぁ、入って下さ、きゃあ!」
少女は脇の下に両手を差し込まれ、そのまま楊に持ち上げられたのだ。
「ただいま。奥さま。」
少女は楊に抱きしめられた喜びに、白い頬を赤く染めて楊にしがみつき返した。
「おかえりなさい。あなた。」
「ただいま。夕夏。困った事は無かったかな。」
「何も。まささんが買ってくれたお人形のお洋服を作っていたの。見る?」
「いいねぇ。見る。凄いね、夕夏は何でもできるね。」
「あなたは私にお家も玩具も何でもくれるじゃない。」
「はは。お家はこれでいいの?君が住みたいお家に作り替えてもいいんだよ。ここは俺の世界で、俺の好きに作り上げられるものだからね。」
楊の腕の中であどけなくはしゃいでいた少女の表情はすっと大人びたものに変わり、楊から視線を逸らすと楊の肩にその顔を埋めた。
「夕夏ちゃん?」
「――いいの。一年という約束を忘れそうだからいい。」
楊はそっと少女の後頭部を優しく撫で、それどころか自分に押し付ける様に彼女を抱き直した。
「――忘れてもいいんだよ。俺が死ぬまで君は俺の世界にいればいい。」
「楊さん、ありがとうございます。」
楊は夕夏を思わず落としそうになるほど驚き、自分に礼を言って来た声の主へと振り向いた。
すると同時に今までの風景はぐるっと楊の周囲を回転しつつ姿を変え、楊と夕夏は今やゲームの世界ではなく、少々昔の日本の田園風景の中にいた。
田んぼの稲は金色に頭を垂れ、そこかしこを真っ赤なトンボが飛び交う。
楊の前世も知っていた原風景でもあり、しかし、現在の楊には知り得ない昭和初期の時代の映像である。
楊は両腕に力を込めて夕夏を抱きしめ、彼女も楊から手放されまいと楊に一層に抱き着き返していた。
「あなた方に何もしないどころか、お願いですから、一度だけでも娘を抱かせてくれませんか?その子は私の娘なのです。」
楊の獣道に強引に割り込み、あまつさえ楊の作り上げた獣道から自分の獣道へと楊と夕夏を取り込んだ男は、楊に対して深々と頭を垂れた。
「頭を上げてください。周吉さん。」
楊に顔を上げた初老の男は、年齢の割には皺もあまりない爬虫類顔ともいえる公家顔をした、白波一族の長である白波周吉、だった。




