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運命の歯車は回る

 僕は楊の不審行動を葉子から聞いたことで、梨々子の大学にオコジョを一匹飛ばしてもいたのだが、当たり障りのない言葉だけを葉子に返した。


「あぁ、誘われたら学部の子と食事に行けますものね。」


「行っていたわよ。」


「そうなんですか?」


「えぇ。一緒にお弁当を食べる友達が出来たって言っていたのにね、その数日後には弁当泥棒よ。あいつもなんだかんだ言って、梨々子に執着しているのよね。あいつは誰の子供でも育てるでしょうから、梨々子が望むなら結婚させてもいいかなって。むかーし通りの関係に戻るだけよ。」


「かわちゃんはそんなことを望んでいないですけどね。」


「はは。そのとおりね。」


 葉子はぽつりと答えると、しばし黙り込み、そして、僕からは目を背けて居間の大きな窓から中庭の風景を眺め出した。

 芝生ではなくクローバーが広がる中庭には春だからかシロツメクサが咲き乱れており、僕には僕の大事なアンズちゃんを安心して放せる中庭だが、葉子には大昔に死んだ恋人と転がって遊んだ記憶の場所を再現していたのだと、僕は中庭を見つめる葉子の目線を追っているうちに気が付いた。


 葉子は未だに楊の前世である佐藤雅敏を愛しており、それは楊を愛しているのとは違う愛でもあるのだろうと。

 楊と前世の佐藤雅敏を別々の人格として捉えているのは、彼女だけだったのではないかと、僕はその時ようやく思い当たったのである。


 だが、水玉模様の灰色の物体がアンズの中庭で蠢いている姿を確認した事で、僕は数秒前の自分の考えを訂正することにした。

 彼女は楊を見境なく愛しているだけに違いないと。


「かわちゃんはホロホロ鳥まで庭に放ったんですね。」


「クジャクを放たれるよりはいいでしょう。防犯用のガチョウに辟易させられているのに、あの馬鹿はクジャクこそ防犯に良いって言い張るのよ。」


「臆病なホロホロ鳥のどこに防犯性が。」


「危険だと群れが一列になって走り回るらしいわよ。」


 七面鳥のように怖い顔だが鶏サイズのホロホロ鳥の数羽の群れが、あちらこちらへと一列になって走り回る姿は確かに面白いかもと考えた僕は、まごうことなき楊の弟分だろう。


「――そんな馬鹿ですから、責任もって葉子さんが可愛がってあげてください。」


「ふふ、あんたったら。でも、そうね。こんな生活を与えているならさ、なんだって言うことを聞いてやらなければよね。愛しているくせにね。――本当に愛しているなら、あいつに与えるべきは、過去に縛られない、そんな生活こそなのにね。雅敏の生まれ変わりとして生きて、こんな古女房と、現世では血の繋がりの無い孫娘に心を砕いて、時々前世の娘に椅子に縛り付けられてご機嫌を取らされる。そんな生き方、ただの三十代の勝利にはきついだけよね。」


「そうかな。かわちゃんはそれこそ望んでいると思いますよ。だって彼は昔の男だもの。昔の男の夢はハーレムでしょう。三人の美女に囲まれてさいこう!」


 ソファの中の葉子は僕に呆気にとられた顔を見せ、そして、これこそ女王だと思わせる程の豪快な笑い声を居間中に響かせた。

 うふふでも、おほほでもない、がははは、だ。


 彼女の大声に階上のベビーベッドに寝ていただろう赤ん坊が目を覚ました泣き声が重なり、すると彼女は母親の笑顔で目尻の涙を拭い取りながら腰を上げた。

 そして僕も彼女と一緒に腰を上げた。


 赤ん坊の声に重なるようにゴトゴトと鳴り響く、聞きたくもない歯車の音が僕には聞こえたからだ。


「ねぇ。聞き忘れていたけど、かわちゃんは梨々子をどうして学部の子と食事をさせたがらなかったの?」


「あぁ、仲良くさせたくない子がいるからって言っていたわね。」


「そう、ありがとう。早く純子の所に行ってあげて。」


 丁度僕が飛ばしたオコジョも報告に戻って来た。

 その内容を吟味するよりも、今はこの歯車に集中しなければ。

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