誰にもこの気持ちを汚されたくないから
「これでいいの。ここは時にはとても危険な場所になるんだよ。家主が自分でドアを開けたくなくなるほどにね。」
僕が説明する横で僕の閉めた玄関ドアががつがつと何かで殴られる音が始まり、久美は恐る恐るドアを開けて外を覗き、当り前だがきゃあと叫んでドアを閉めた。
「理解した?危険でしょう。」
「きけーん。なんで怒り狂ったガチョウ達がいるの。」
「防犯用だって。犬よりも有能らしいよ。」
「はっ、かわちゃんか。いいか、爺には絶対内緒だぞ。あいつも鳥狂いだ。ぜってぇにマネする。」
「当り前。」
従兄弟同士固い約束を終えると、僕達は我が家のようにずかずかと葉子の居間へと向かった。
だが、そこで僕達を待ち受けていた従兄の隠し一粒種は、太々しい態度で僕達に面倒になった何とかしろと命令口調で言って来たのだ。
一体何だと告白をさせて見ると、僕は聞くんじゃなかったと数分前に時間を巻き戻したいほどに、頭を抱えるほどの眩暈を感じたのであった。
白波の大蛇の毒というものは、楊の鳥狂いに匹敵するほどの迷惑さだ。
矢那は楊に恋をしていた。
自分が大きくなるまでに楊が同年代の女性と結婚してしまったら、矢那は楊を一生手に入れられなくなる。
そこで彼女は先日の事件で楊を危険にさらし、松野に助けを求める様に仕組んだのだというのである。
さらに恐ろしい事に、矢那が成長した暁には葉子は死んでいるはずだという、確信どころか希望を持っての行動なのだ。
きっとその時に葉子が生き長らえていたら、矢那によって暗殺される予定であるのは間違いないだろう。
なんという自制心のない恐るべき子供だろうか。
良純和尚では無いが世界は狂っていると叫びたい。
僕は己の計画が狂ったから何とかしろと言い放つ毒蛇の目の前に進むと、楊が自分に乗り移ったかのような行動を取っていた。
つまり、矢那の頭をパシリと叩いたのだ。
「何をなさるの!」
「うるさい。かわちゃんとの暮らしを夢見るなら、ぼけたら突っ込まれるぐらい覚悟なさいよ。あの男はボケと突っ込みには煩いぞ!」
自分の頭を両手で押さえる少女は憎々し気に僕を睨んだ後、ふいっと横を向いてそのままソファに座り込んだ。
毛足の長い絨毯に埋まるように置いてあるシート式の皮のソファは柔らかく、人形のような少女はソファの中にずぶずぶと沈んでいった。
まるで、初めての失敗に自らが落ち込んでいるかの如く、だ。
「ちょっと、オコジョ!叩くなんて矢那が可哀想らねっか!」
久美は矢那の隣にしゃがみ込むとぐいっと彼女を抱き寄せ、それどころか僕から守るようにして抱え上げると葉子の居間から飛び出して行った。
恐らく行き先は梨々子の部屋で、僕から矢那を守って欲しいという名目で、彼は梨々子の部屋になだれ込むのだろう。
梨々子は久美から逃げて部屋に閉じこもってしまったから!
僕は従兄に大いに呆れて、大きく溜息を吐いた。
「子供を自分の恋愛のダシに使うなんて。だから矢那は悪い子なんでしょうよ!」
「はは。いいじゃない。それで梨々子を説得できるならね。でも、あの矢那の捩れっぷりは懐かしいものがあるわ。あの子の捩れ方は鈴子そっくりよ。」
「葉子さん、え?そうなの。」
「そう。あの子も生まれについて色々言われて育って来たでしょう。表面はいい子の顔でニコニコしながら、それはもう、信じられない悪たれだったのよ。――梨々子があそこまで善良なのは、真っ当な真澄さんのお陰でしょうね。」
葉子はにやりと僕に笑いかけると、どっかりと自らも黒いソファに身を沈めた。
自分に恋する男を完全に手の平に乗せていた女性を称賛しながら、僕も彼女の対面となる場所に腰を下ろし、そして聞きたかった事を訪ねていた。
「どうして?」
「そりゃあね、年の差がありすぎるでしょう。夜の生活だって出来ないのに、若いあいつを縛り付けるのは可哀想だわ。」
「でも、かわちゃんは葉子さんと結婚するつもりでサインだって。」
「ふふ。あれはあたしの宝物。雅敏の骨の入った箱に片付けた。最後に一緒に燃えるようにね。」
「葉子さん?」
「いいの、これはあたしのプライドなの。あいつと結婚してあたしが死ねば、あいつは誰から見ても財産狙いの色男でしかないでしょう。あたしも色基地外のババアよ。でもね、結婚していなければ、あたしたちは純愛でいられる。くだらないけど、そういうあたしの意地。」
「じゃあ、お昼寝にかわちゃんも入れてあげればいいじゃない。かわちゃんが葉子さんと純子ちゃんとミーちゃんの枕になりたいって叫んでいた。」
「全く、あの嘘つき男は。あいつは梨々子を見守りに昼には出掛けちゃうのよ。一人ぼっちでご飯を食べられなかったら可哀想だって。だったら、弁当を梨々子から奪わなきゃいいのに、それは絶対らしいのよ。」




