久美と一緒に松野さんちへ
僕は矢那に呼び出され、僕と一緒にいた久美は場所が松野の家だと知ると、僕の意思など構わず僕を自分の車の後部に押し込んだ。
梨々子を物にできなければ白波に戻ることも許されない、ケツに火のついた状態の久美は、これが勝機だと言って一路松野葉子の家へと向かったのだ。
正気に戻れと僕は言いたい。
そんなんだから梨々子に信用されないのだ、全く。
ところで、そんな久美が最近買ったばかりだという新車は、スティールメタルカラーのマイクロバスみたいな七人乗りのファミリーカーで、助手席に梨々子を乗せる予定どころか、新生児用の新品のベビーカーが運転席の真後ろの席に鎮座していた。
梨々子に振り向いてはもらえないと嘆きながらも、確実に梨々子が手に入ると踏んでいるらしき従兄に対し、僕は彼に対して今まで心砕いてきた自分が馬鹿みたいにも思えてきていた。
さて、僕達が松野邸に辿り着いた頃には、彼女達は屋敷の迎賓館的役割をしている公的スペースから松野個人の私的スペースの方へと移動済みであった。
「え、葉子さん。今日は庭師が休みなんだ。」
「そう。気を付けてね。」
僕は葉子との通話を切ると久美に車を止める場所を指示し、久美は正面ゲートで誰何されることも無く車を大きな駐車場へと滑り込ませた。
松野葉子の巨大な館の半分は迎賓館であり、電子キーで行き来できる扉を挟んで松野個人の自宅という豪邸が繋がっているという造りなのである。
そんな豪邸は敷地内に入るだけでも大仰だ。
まず警備員も常駐している巨大ゲートを潜らねば、広々とした何台も車が止められる駐車場に入ることも出来ない。
次に駐車場に車を止めて降り立つと、ようやく建物を目にでいるが、駐車場から望める建物は迎賓館部分でしかなく、それは美術館のような佇まいだ。
仕事関係や親しくはない客人はこちらに招かれるので、こういった建物の外見はこけおどしとなって良いのだろう。
一方、松野葉子に認められ親しくなった人間は、裏の個人宅の方に直接伺うようになるものだが、その玄関は駐車場と個人的な庭を区切るようにして聳え立つ金属の柵にある門扉を開けて中に入るだけだ。
せっかくの防犯性はどうしたと誰しも思うが、その門扉は暗証キー付きの電子錠が付いているし、広大な松野邸敷地全部を取り囲むようにある要塞のような塀と、庭に放たれた危険生物の恩恵で防犯性はかなり高いのだ。
僕は危険生物に察知される前にと、久美が駐車場に車を止めるや車から飛び降りて駐車場の方にある個人宅側の柵へと急いだ。
そこで先に鍵だけ開けておき、久美が僕の後ろに着くや柵をさっと開いて個人宅側のアプローチに飛び込んで玄関前へと走り込み、勝手に入れと葉子に言われているように暗証を押して扉を開いて玄関内へと飛び込むように入ったのだ。
しかし、久美は僕の行動に目を丸くして動く事を忘れていたようで、安全地帯に滑り込めたのはどうやら僕一人だけだったらしい。
僕はため息を吐き出すと急いで玄関ドアを開け、慌てて僕を追ってきたが玄関前に取り残されていた久美を引っ張るようにして大きな玄関に引き込んだのだ。
「なんなの、どうしたの?オコジョは。勝手知ったるって言っても失礼らねっかね、こんな小学生みたいな乱暴な入り方。」
普段は常識を捨てている男の言葉とは思えないが、彼的に梨々子を手にするためには松野には礼を尽くすつもりなのだろう。
僕としては、十八歳の乙女に手を出した時点で、彼が今後何をしても葉子の彼への評価は上がる事など無いと思うのだが。
「お前の振る舞いで、武本も白波も悪く言われる事になるって考えないのか?」
いや、だからお前の行動で白波家の評価が駄々下がりだろうがと、僕は言い返し、否、罵ってやりたいが、僕の方が久美よりも常識人であるため、これは庭師がいない場合の松野家への正式な訪問の仕方だと伝えることにした。




