蛇神の使いの幼子は
「あんた。捧げるって、一体。」
「言葉の通りですわ。お腹から消して神様に送るってだけです。堕胎はただの殺人。でもこれは違います。白波の神様へ奉公に出したと考えますの。そうね、奉公の期間は一年、あるいは二年、もっとがいいかしら。でもね、お腹からその命が一時消えても、その命は預け物で、絶対にクミちゃんと梨々子さんの子供として生まれなければいけませんから、決めた年数後に絶対に嫌でもお腹に戻ったその子を産んでもらわなければいけません。そして、クミちゃんと結婚しない結果となったとしても、産んだその子は白波の子となります。」
梨々子はありがたい申し出と思うよりも背筋に冷たいものが走り、自分を抱きしめる葉子の腕の中へと身をねじ込むようにしてさらに逃げ込んだ。
逃げ込みながら、結局自分で世界を開くどころか、こうしていつもどこかに逃げ込もうとしていると情けなく涙さえも溢れてきたのである。
小学校時代は、クラスメイト達から気味が悪い妖怪顔だと揶揄われ、女の子達の誰一人として梨々子をいない者として無視をした。
彼女はそれに立ち向かうどころか、消えていなくなりたいと祖母の家の奥深くに隠れ、学校に通うどころか外にも一歩も出ずに幽霊のように生きることにしたのである。
そんな彼女を外に出したのは、祖母の家の前に立つ不審な男であった。
警察の制服を着ている男に不審も何もないが、その男は窓に貼り付く梨々子に気が付くと、厭うどころかにっこりと微笑んだのだ。
月明りで照らされたその男は、彼自身が光輝いているようであり、彼が梨々子に使わされた天の使いにしか梨々子には思えなくなった。
彼女は男が手招きするまま外に出て、彼が小銭と共に頼んだ「甘いもの」を彼が立つすぐ横にある自動販売機で購入して手渡したのである。
「私を呼ばなくとも、あなたは自分で買えるでしょう。」
「ここから動くなって言われているんだから仕方が無いでしょう。ありがとう。助かったよ。だからもうお家にお帰り。」
「そうね。こんな不気味なのと一緒にいたくないわよね。学校の子は皆して私が妖怪顔で怖いからって無視するもの。」
「ありゃ。それはさ、女は小さい頃から男よりも勘がいいからだよ。女の子達は君が誰よりも綺麗になるって知っている。そして勘の悪い男達は女の子達の言う事を聞けば女の子達にモテるかもって、それだけなんだよ。」
彼は髪を伸ばして顔もわからない梨々子に笑いかけ、尚且つ風呂にも一週間は入っていないだろう彼女の頭をぽんと軽く撫でるまでしたのだ。
温かい手の感触に梨々子は涙ぐみ、だが引き上げられる楊の手の存在を追うように顔を上げれば、彼女を見下ろしていた彼の顔がすぐ目の前にあったのである。
「俺の餓鬼の頃のあだ名は目玉んだったよ。俺と君は妖怪友達だね。」
楊の彫りの深い目元は甘く梨々子に笑いかけ、その時に梨々子は恋に落ちたのだ。
そして、そんな少女の気持ちを受け取った楊は、梨々子の手を引いては外に出ようと彼女を誘うのだが、梨々子は楊を自分の世界に閉じ込める方を選び、楊は梨々子に怒るどころかいつも梨々子の理想どおりに振舞ってくれたのである。
「わ、わたし、戻りたい。まさ君の婚約者だったあの頃に、戻りたい。」
「梨々子。あぁ、悪かった。そうね、あんたの初恋だものね。そうよね。えぇ、戻りなさい。戻してあげる。あんたは勝利の婚約者に戻りなさい。」
「でも、おばあちゃんの旦那さんじゃないの。」
「そうね。でも、戸籍上はただの他人だし、契約上はあたしはあいつの顧問弁護士で、あいつの身の上は、自宅の再建が終わるまでの我が家のただの居候よ。赤ん坊と四羽の鳥も引き連れて押しかけてきている、単なる馬鹿者。」
「え?」
梨々子は驚きで目を見開いて自分を抱きしめる祖母を見上げ、祖母は真っ赤に頬を赤く染めて梨々子とは目を合わさないようにそっぽを向いた。
「おばあちゃん?――結婚していたんじゃ。だって、まさ君のお部屋だって作っちゃったじゃないの。」
梨々子が驚きの声を上げたと同時に、がちゃんと大きい音が応接間に響き、梨々子は反射的にその音のする方へと首を回した。
なんと、矢那が初めて子供らしいと思える唖然とした表情を顔に貼り付けており、じっと葉子を凝視して立っているのである。
「うそ。あたくしの仕掛けが破られていた?」
「え?矢那ちゃん?」
「ちょっと、あんた、仕掛って何よ!」




