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わたくしは全てを存じております

「ふふ。葉子さんたら。虐めませんわよ。そこは安心なさって。ただね、あたくしがクミちゃんの隠し子だって事は、梨々子さんが結婚をしたくなくなる大きな事由にはなりますでしょう。」


「え。」

「うそ。」


「あら、ご存じなかった?まぁ、クミちゃん自身もあたくしが知っている筈は無いと思っているから、この事実は白波のトップシークレットだったかしらね。でも、ご安心なさって。あたくしは周吉の長男の大司の娘という届出ですから、梨々子さんの子供がクミちゃんの第一子となります。」


「あいつはやっぱり無責任な男だったの?こんな可愛い娘を。」


「まぁ、憤って下さるなんて嬉しいわ、葉子さん。でも、無責任なのは母の方ですわね。子供が出来ましたと白波の戸を叩いて、出てきたクミちゃんのお父さんである大司に惚れてしまったらしいですから。ふふ。大司パパは息子と離れ離れだからと、私という赤ちゃんを育てる事には大喜びだったそうで、今でも母と仲睦まじくしていますわ。」


「やっぱり無責任じゃない。あいつは何も動かなかったのでしょう。」


「あら、当時はアメリカ留学中で、当事者なのに完全に蚊帳の外に追いやられていたのですのよ。全容を知らされたのは帰国後ですもの。何も出来なくても仕方が無いですわね。」


「――それでも、いたいけな子供に真実を与えて、だから仕方が無かったと言い聞かせた男だって事でしょう。」


 そこで葉子は自分が義憤に駆られたにしても、たった今自分が扱き下ろした男こそ、目の前の少女の父親だったと気が付き、自分の失言を後悔するように顔を歪めた。

 けれど、それは時にすでに遅しだと梨々子は思った。

 矢那は葉子の言葉を聞くなり頭をがっくりと下げて、肩を大きく震わせているのだ。


「あ、あの、矢那、ちゃん?」


「うふ、うふふふふふ。」


 矢那はさもおかしいという風に肩を震わせて笑っており、顔を上げた時には両目は爛々と輝いており、口元は何かを語りたそうにして半開きの笑いの三日月を作っている。

 梨々子と葉子は、矢那にぞっとした、が正しい。


「あんた。」

「矢那、ちゃん。」


「うふ、うふふ。言いましたでしょう。クミちゃんはあたくしに真実は語れない。その代りか、彼はあたくしが望むものは何でも手に入れようとしてくれますの。大昔にあたくしに買い与えた絵本の娘のように、月を強請るような自制の無い子供だったらどうするつもりなのかしらね。きっと、宇宙飛行士にでもなって月の石だって手に入れてくるはずよ。――だから、梨々子さん、安心なさって。あなたが自制心を働かせなければと心配になるほどに、あの男は最高の夫になるべく、あなたに何でも与えようとするはずよ。それほどに愛情豊かな馬鹿男なの。あら、頭を下げちゃって、どうなさったの?」


「――そうね。久美さんはそんな人よね。」


 八歳の子供よりも自制心どころか自分を持たないと情けなくなった梨々子は、自分の存在感を自分以外の命に縋るかのように自分の腹を両手で抱えた。


 久美は梨々子にはいつも年上の優しい男の面しか見せていない。


 親友の海里が婚約者の由貴とじゃれ合う姿を羨ましく思い、自分もあんな恋愛がしたいと望んだその時に、見透かされたかのように彼がいるのだ。


「今度こそ、本当の父親となれるのならば、愛しているなら私はこの子を彼に渡すべきなのよね。でも、私は子供を産むことも、それどころかこの妊娠しているという状態が怖いの。忘れてしまいたいの。」


 がたっと大きな音がしたのは葉子が立ち上がった音であり、彼女は梨々子の座るソファのひじ掛けに腰を下ろし直すと、その長い両腕で梨々子を絡めとる勢いで胸に掻き抱いた。


「梨々子。わかるわ。そうよ。いいの。いつでも諦めていいの。」


「でも、そうしたら、私は人殺しで、この子は産まれることが出来ない。」


「――では、白波の神に捧げましょうか。」


 梨々子は自分を抱きしめる腕がさらに強まったと顔を上げ、それは葉子の梨々子への愛情や労りの感情が少女の言葉によって恐怖をも含んだものとなったからだと気が付いた。

 梨々子も怖々と少女を見返せば、しかし、少女は自分の言葉に何の感傷も無いかのように再び紅茶を啜っていた。

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