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水野という女

 事件には動機というものがある筈という事を刑事達は失念している。

 超常現象ばかりの案件ばかりに関わっていた事による職業病なのかもしれないが、超常現象でも、そこには原因と結果が存在し、そこに魔法使いや魔物が存在するからこそ、ただの愉快犯と違って目的という動機は必ず存在するのである。


 また、超常現象に出会った人間は「運が悪い」の一言で済まそうとするが、なぜ運が悪いのかを突き詰めれば、そこに見えるものがある筈なのである。


「お見事です。その通りです。さすが、百目鬼さん。」


「うるせぇよ。お前こそ思いついていたからこそ俺を呼び出したんだろうが。」


 俺は自分の奔放な口を右手で押さえた。

 髙に対して思わず敬語を忘れてしまったと、俺は自分を心の中で罵った。

 元々隣の男に一線を画す目的で俺は彼に敬語しか使わないのだが、俺のその小者めいた行為に気付いている当の男は、にやりと俺に笑い返してきた。


 敗北感を感じながら仕切り直しだと、俺は憎たらしい男ではなく部屋の主を思い浮かべることにして、口から外した手を作業服のポケットに突っ込んだ。

 そこからキーケースを取り出して中を開いたのだが、行方不明の彼女の部屋の合鍵を目にする事でこの鍵を俺に手渡した時の彼女のはにかんだ笑顔を思い出し、どうして鍵を渡されてすぐに彼女を訪ねなかったのかと後悔ばかりが沸き立ったのである。


「水野は純すぎるよ。」


「かわさんが慎重に守っていましたからね。」


「守られる本人も、守りを頼んだ肉親も、あいつに襲って欲しいと考えていただろうに。あいつは本気で馬鹿野郎だ。」


「そこがかわさんなんですよ。」


 俺は髙に呼び出されると落ち合う場所を水野の自宅に指定し、そして二人仲良く水野の部屋に侵入することにしたのである。

 俺が水野の部屋の合鍵を持っているのは、俺に恋をしているという割には合鍵一つ渡さないと俺が水野に口にしたからだ。

 純情な水野は翌日には俺に自宅の合鍵を渡しに来た。


「楊から奪い返したにしては新品同様だな。」


「いや、あの、その。」


 水野は耳まで真っ赤にさせると頭を下げてもじもじとし始め、俺は傷つきやすい純粋な女を揶揄う事を止め、彼女の顎に指をかけて彼女の顔を自分へと持ち上げた。

 少々垂れている大きな目は目玉が転がるかのように大きく見開かれ、唇も驚きで少々開かれているが、それは俺に口づけを期待しているかのような開き具合だ。


 俺はそんな可愛らしい水野に何も応えようとしなかった後悔で軽く目を瞑ったが、視界が真っ暗になった事で俺の脳裏が勝手に真っ白なモルモット映像に切り替えた。


 ああ、あの日、俺は浜田に急に呼び出されたのだ。

 何だと思いながら向かってみれば、浜田は俺に社交辞令の挨拶も無く、俺に白い毛玉を突き出してきた。

 俺はそこで無言となった。

 白い毛玉は、真っ黒なつぶらな瞳でひたすらに俺をみつめ、共感力のない俺の共感を引き出すほどに俺に飼えと責め立てたのである。


 俺は何とか踏みとどまり、浜田の物件を買い、しかし気を許せば今のようにあのつぶらな黒い瞳が俺には無いはずの罪悪感を引っ掻き回すのである。


「あぁ、くそ!」


「百目鬼さん。感傷はいいですから。」


 俺は髙に背中を小突かれ、感傷が水野へでは無かった事を彼に隠しながら渋々と玄関ドアを開けた。

 一歩入ったそこで、水野の個性が一つも無い殺風景な空間が俺を出迎えた。


 玄関からすぐに二畳ほどの台所に六畳の畳敷きの居間と続いているのだが、その居間の中心には黒い正方形の座卓とビーズクッション二つに新品同様の座椅子が一つ置かれているだけなのだ。

 テレビラックなどは黒いカラーボックスを代用しただけという有様だ。

 小物など一つも無く、まるで、女性の部屋というよりは適当な休憩所の雰囲気なのである。


 俺はこの空っぽで無個性な部屋に、彼女の存在していた事実迄も不確かにされたようで少々イラついた声を同伴者に出していた。


「あいつは健気すぎるよ。」


 俺はそう言いながら靴を脱いで招かれざる女性の部屋に上がり込み、新品の座椅子に自分のものだというようにどっかりと座り込んだ。

 来客用の新品の座椅子は俺の為に用意されたものでは無く、水野の初恋らしき楊の来訪を待って用意されていたに違いない。

 誰かが、彼女が恋をしている男が、一度ぐらいは使ってやらねば!



真っ白いモルモット。

このモルモットの持ち主は転生したら中ボスのダグド様の前世になります。

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