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白波の乱れた事情

 僕は裏切りで頭が一杯なのに、他人の恋愛相談など受けられるはずが無い。

 裏切りで落ち込む僕は父である良純和尚に慰めを求めたが、なんと良純和尚は僕を面倒だと思ったのか僕を一人で物件に置いて出て行ってしまったのだ。


 僕はたった一人となった。


 たった一人で、こんなやりたくもない頼まれ仕事から逃げ出す足も財布も持ってないからと、粛々と清掃に励まざるを得ないという状況なのだ。


 これは良純和尚と出会った頃に彼にされていた扱いでしかないが、今や僕は彼の養子となったのだから、もっと大事に可愛がれと要求するのは問題が無いはずだ。


「バカじゃないの。」


 僕が哀れな従兄に掛けた第一声がそれでも、それは仕方が無いだろう。

 しかし、相手はその返答が許せないのか言い返して来た。


「バカじゃないっしょ。海里はだって、この間まで怪我塗れの可愛そうなちび子だったじゃないの。あんなにいい子で可愛いのに、可愛がらないのは男じゃないでしょう。せっかくだから、俺達好みの女の子に育て上げてどこが悪い。ユキは最初から狙っていた変態かもしれないけどね、俺にとっちゃあ、本気で海里は可愛い妹なんだよ。矢那とおんなじ位のちび子。女なんか感じるわけないでしょ。」


「開き直らないでよ。そして、その妄言を僕に言わずに、梨々子に言って玉砕してきなさいよ。梨々子は別にクミちゃんと結婚しなくても、あの松野家で優雅に暮らしていけるんだから。」


 僕の従兄の久美は、梨々子への説得が絶望的だと、なぜか僕に相談しに来たのである。

 僕こそ恋人の裏切りに絶望的だという状態なのに、だ。


 祖父が僕に山口と逢うなと厳命し、良純和尚までもがそれに従っていたのは、山口が白波家の若造へ心変わりしていたからという事らしいのだ。


 僕は矢那からメールを貰い、あの子供をいつか滅ぼすと決意した。

 彼女は山口と僕の知らなかった従弟の仲睦まじい様子の写真と一緒に、僕に酷い文面を送り付けて来たのである。


「伊予と淳平さんはお似合いだと思いません?」


「思わなーい!」


「うわ、どうした、オコジョ。」


「なんでもない。いや、何でもある。くそ、あのクソガキを懲らしめてやる。爺の寵愛を矢那から梨々子の子供に移してやる!」


 僕の怒りに任せた言葉に久美は息を呑んで、そして見るからに冷静な顔つきとなり、僕は彼の顔つきに矢那が彼の娘であったという事を思い出した。


 久美にとっては僕は弟同然であり、そんな僕がいじめで殺されたとの報に憤懣やるかたない彼は、彼を慰めに来た元同級生だった少女と一線を越え、そして、彼の知らない所で妊娠していたその少女が彼の父親と結婚して矢那を生んでしまったという悲しい過去がある。


 当時記憶喪失だった僕を混乱させないという理由で、矢那の存在は僕から隠されていたが、実のところは、僕が矢那が白波大司の娘ではなく久美の娘だと指摘してしまう事を白波側は恐れた、が正しいであろう。


 僕の持つオコジョは人の深層心理に忍び込み、その人間の過去やルーツまでも術者に持ち帰ってしまうのだ。


 記憶喪失で相手の事を知らない筈の僕が、どの親族に出会っても普通に過去を踏まえて会話が出来たのは、実はそういう訳なのだ。

 けれど、記憶を失った僕自身はオコジョのことなども覚えておらず、思い出す記憶が他人の物でしかない事で自分が武本玄人の肉体に巣くった亡霊にしか思えず、だからこそ騙しているような気になる親族から出来る限り隠れてしまっていたのだが。


 そして僕が自分から親族に距離を取った行為こそ彼女に嗜められたのだが、僕に疎遠にされた親族の気持ちにそんな境遇の彼女は共感していたのかもしれない。


「ごめん。矢那は嫌な子でもクミちゃんの大事な娘だものね。ごめん。」


「いや。お前の言った台詞で俺は気付いたんられ。そういや、矢那は爺に寵愛されていなかったなって。」


「うそ。大事にしているでしょう。」


「うん。大事にしているけどさぁ、お前みたいに甘々じゃないよ。あの爺は俺にするように矢那には叱りつけてくるからな。まあ、矢那も叱られると仕返ししているけどさ。うそ。可哀想に。俺はちょっと矢那のとこに帰る。ちょっと可愛がってあげなければだれ。」


「え、矢那のところって、新潟に帰るの?」


「ううん。矢那は今期からこっちの学校に通っているから、俺の家にいる。ちょっと家に帰る。」


「え、そうなのって。じゃあ、あの子はクミちゃんが出張の時は一人?」


「いいや。ベビーシッターは頼んであるし、伊予もいる。あいつの大学は都内だろ。舞浜から通わすの可哀想でさ。あいつも可愛いよ。矢那やお前と違って、本気で普通の子供だからね。あのぐねぐねの矢那にはいい存在だろ。」


 帰り支度を始めた従兄の後ろ姿を眺めながら、矢那が欲しがれば何でも与えて、矢那のする事なんでも許す彼がいては、祖父は矢那というひ孫を寵愛したくとも出来なかったのではないかと気が付いた。


 俺にするように祖父が矢那を叱るって久美は言うが、久美が叱らないから祖父が矢那を叱る嵌めになっているのでは無いのか?


「あ、それでなんだ。」


 祖父がとにかく梨々子と久美を結婚させろと激高している理由を、僕はようやく知った気がした。

 責任なく自分が可愛がれる赤ちゃんが欲しい、に違いない。


「全く、あのジジイは。玩具が欲しい子供か。」

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