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呪術的仕掛

 山口が馬淵を閉じ込めたのは個人病院でもあるメンタルクリニックであるが、入院患者が犯罪被害者ばかりだという警察関係者には公然の秘密の場所でもある。

 凄惨な事件が起きれば、警察関係者の誰かが、その被害者や家族にこの病院の名前を囁き、そして、社会生活が不可能にまで壊された被害者達が心を癒すためにこの病院に集うのである。


 しかし、入院した者は入院してお終いでは無い。


 ここを警察関係者が被害者に勧めるのは、凶悪犯罪者による未解決事件だった場合の被害者保護と証言の確保もあるが、何よりも勤務している精神科医達による患者へのリハビリに定評がある事を知っているからである。


 つまり、立ち直って退院出来る者が少なからずいるのだ。


 そして、再生までの安全をこの病院に患者達が見出すのは、施設の窓が全て金属柵入りで十センチも開かない仕様である上に、施設の出入り口はおろかフロアの階層ごとに電子キー付きの強化ガラスの仕切りがあるからである。


 人権派の人間には人を監禁しているようにも思うだろう管理体制だが、安全だと思われた自宅で襲われた人間や、信用していた人に粉々に壊された人間には、世間と完全に隔絶された安全地帯こそがしばらくは必要でもあるのだ。


 馬淵の病室を目指す山口は、エントランスからこれまで電子キーによる仕切りを幾枚も通り抜けていたが、その度に防御の欠陥は無いかと周囲を見回していた。

 玄人が楊達に術者が普通の人間だと告げたのであれば、この病院の内部に簡単に潜り込めるわけはなく、潜り込めたのであればどこかに欠陥が見えるものなのだ。


「何も異常が無いって事は、俺の判断ミスかな。」


 馬淵がいた病室のドアを開けると、狭い室内にシングルベッドが左の壁よりに置かれているのがまず目に入る。

 戸口に立つ山口の左方向、廊下側の壁とベッドは細めの扉程の間が置かれているが、それはベッドのヘッドレスト側にあるユニットバスへの通路でもある。

 扉を開けて右側となる壁には細長い棚付きのテーブルが設置されており、ドアを開けたばかりの山口の真正面は窓だ。


 窓側となるベッドの右側には少々広い空間があり、そこには窓からの光に逆光となった男性二人の影があった。

 山口が彼らに声をかける前に、ミッドナイトブルーの影の方が山口に振り向いて軽く片眼を瞑って声を上げた。


「おや、奇遇ですね!」


「やめてよ、友君。その公安ぼくたちの挨拶は。」


「はは。酷いな。こうして仲間に入れて貰えたようでも、俺はいつまでも蚊帳の外のようで悲しいね。」


 山口は葉山と自分を呼び出した髙の立つ所へと近づきながら、心のどこかで馬淵に詫びながらも彼等と現場に立つ懐かしい嬉しさを噛みしめていた。


「もう。ほんの数十分ぐらい前にも頼んだでしょう。君は裏仕事の僕達に染まらないでって。」


「うーん、でも、そんなにいい服が着れるなら、俺は公安になりたい。」


 黒い普通のカジュアルシャツに古ぼけたジーンズでしかないのにと山口は自分を見下ろし、しかし、適当に着たシャツがシルク製でジーンズにはアルマーニの印があった事を思い出した。


「あぁ、そうか。君と違って俺はこの間かわさんの家と一緒に服が全部燃えて無くなったんだからね。これはクミちゃんのお古。君こそ新品の武本物産の服をクロトから一式せしめたんだから良いじゃない。」


 武本物産とクロトの単語に山口が無意識に強調した声を出してしまったのは、病院までの道中に彼が玄人から電話を受けていたからである。

 共感力のない玄人に山口の気持ちが通じているどころかお互いの考え方が違うと認めるしかなく、彼は言うべきも無い言葉を玄人にかけてしまったのだ。


 そんな山口の事情など知らない葉山は山口に対して笑い飛ばすと、彼の隣に立つ髙が山口に向かい合えるようにか体を引いた。


「髙さん。それで馬淵は?」


 山口が髙の目線を追えば髙の右斜め後方、淡いベージュ色の絨毯の上には確実に四リットル以上はあっただろう血痕が広がっていた。

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