ごめんね!
矢那は紺色のツーピース姿で山口の前に現われ、兄が心配なのと口にした。
その紺色のジャケットとスカートは矢那が通う私立小学校のものだと山口には一目でわかったが、なぜかその格好が山口には父兄参観日の母親の服装にしか思えなかった。
そして矢那は確かに保護者として山口の前に現われたのだ。
「あの子はちゃんとやっていて?」
「や、やってますよ。真面目過ぎるぐらいですね。」
山口の方が自分の働きぶりを矢那に非難されそうで焦った。
すると彼女は鼻をすんとならし、山口の胸が痛くなるようなことを口にした。
「兄は白波に認められようと一生懸命なのね。」
「矢那ちゃん?」
「身の置き所が無いって一番辛いと思いますわ。あたくしは今まであたくしの存在を玄人の為に隠されていたでしょう。兄の気持ちは痛い程わかります。」
その時の山口は兄を心配する矢那への同情心も湧いており、生意気だと評判の彼女の真の姿を見たような気がして、彼女の望むまま自分のスマートフォンのメモリに入っている画像のいくつかをも彼女に渡したのである。
さて、そのような同情を呼ぶ生育環境だった伊予らしいのだが、息子の初アルバイトの上司だからと山口に挨拶に来た伊予の実母と養父は、普通に子煩悩で善良な人間に山口には見えた。
矢那の話した内容との差異を山口は少々は感じてもいたが、伊予には良き家庭だからこそ自分の存在で壊したくないという意思が働くのかもしれないと思い直し、それは伊予の自身の存在への自信の無さによるものだと逆に哀れさを感じたのでもある。
今でさえ表面は普通の顔を保っているが、山口の機嫌を損ねたか、あるいは数か月前まで疎遠だった祖父に失敗を晒してしまった事への不安か、瞳のせわしない動きから彼の脅えが読み取れるのだ。
山口は掴む手に少々の力を籠めると猫のように体を伸ばし、口元を伊予の耳元に寄せた。
葉山には口説かれてるようだから止めろと言われたこともある体勢だと考えながら、山口の動きに目を丸くして体を強張らせた伊予の耳に秘密を囁いた。
「俺はね、公安だよ。」
初めて聞いたであろう山口の低い声にびくりと伊予は震え、次に山口は葉山には本気で殴られそうな甘い声に切り替えて再び伊予の耳に毒を流し始めた。
「県警にも公安っていてね、警視庁の公安と違って県警の公安は警察庁の直属なの。僕は警察庁の偉い人に直接命令されてね、ただの大企業の会長では納まらない周吉さんの動向を監視する任務を背負っているんだ。この部屋に監視カメラがあるって事は、彼は知っていて、そして、彼を監視しようなんて考えた僕達を揶揄うために僕を霊園の経営者に仕立てたのかな。」
「え?」
「君には正義感があるかな。」
「え?」
伊予は瞳だけ山口に動かして山口をみつめ、山口はにんまりと微笑んだ。
「――ジャッジをね、頼みたいんだ。」
「ジャッジ、ですか?」
「そう。僕は周吉さんが好きだよ。実の祖父のように考えている。でも、僕は根っからの刑事さんでね、警察庁の命令には背けない。だからね、僕が間違っていたり、周吉さんが間違った事をしたらね、ストップをかけて欲しいんだよ。僕は周吉さんに手錠をかけたくない。頼めるかな。」
伊予は今度は顔ごと山口に向けてまっすぐに山口を見返し、そして、両目を子供のように輝かせた。
「もちろんです。任せてください。」
「じゃあ、僕はこれから少し席を外すから、僕のいない留守を頼めるかな。」
「ジャッジするには情報が必要でしょう。僕もあなたに付いていきます。」
山口は伊予の肩に乗せた手にがっくりと自分の額を乗せ、元相棒で今後上司となるだろうキャリアの高笑いが聞こえたような気がした。
「君に百目鬼さんの真似は無理だよ。」
「俺は君の真似も無理だよ。きっと。」
葉山は誰にでも真摯に向き合い、どんな人物にも好感を持たせた上で自分の思うように動かす事が出来るのだ。
山口限定で軽薄で鬼畜なだけの友人となっているが。
「あの、淳平さん?」
「伊予君。ごめん。」
山口の秘密を知った子供を言い聞かせることを山口は放棄し、彼は着ている着物からしゅるりと腰紐を解くと流れるような動作で拘束して縛り上げ、山口の動きに目を丸くしている恩人の大事な孫に猿轡までも嵌めた。




