少女の怯え
久美の今の服装に関しては、梨々子と欧州を旅した時と同じ普段着でしかないと、梨々子は気が付いた。
梨々子の親友が彼の弟と出掛けて彼女が一人になると、一緒に遊ぼうと梨々子を街に連れ出してくれた時の組み合わせだと、彼女が思い出したからだ。
絶対に、彼はその日の事を梨々子に思い出させようとしていると。
君が一日で俺への恋に落ちる程、俺のエスコートは素敵だっただろう、と。
「どうしていつも笑っていられるの。私はこんなにも嫌な子なのに。」
「もう。本当に嫌な子を知っている俺には、梨々子は可愛い子でしかないれ。」
久々の新潟弁に梨々子は思わずクスリと笑い声が漏れ、久美はしてやったりと笑みを大きくした。
まるで獲物を飲み込んだ大蛇の笑みに、梨々子の背中は少々ぞくりとした。
久美の一重だが大きな瞳につるりとした顔立ちは白波家特有のものであり、大蛇の化身と白波家が陰口をたたかれるその通りに爬虫類系の顔立ちとも言える。
けれど梨々子にしてみれば、毛深く線の太い男よりもすらりとしてムダ毛のあまりない男性の方が好感が持てるし、何よりも、彼は美形の部類なのである。
よって、梨々子が感じたぞくりは、以前に久美に味あわされた官能の方だ。
彼女が憧れ恋した楊と久美の顔立ちを比べれば、バラとタンポポぐらいの差があるが、梨々子はタンポポが一番好きな花でもある。
ふわふわの綿毛に息を吹きかけて空へと飛ばした小学生の頃を梨々子は思い出し、一緒に綿毛を飛ばしたのは楊だったそこも一緒に彼女は思い出してしまった。
そこで彼女は、自分の情けなさに頭をがっくりと下げた。
タンポポ綿毛を吹いて飛ばした女の子を父みたいにして見守っていた人が、その女の子を性的に女性と見れないのは仕方が無いではないかと。
楊は梨々子と裸で抱き合いキスもしたこともあるが、彼がそれ以上何もせず、そしてそのような行為を梨々子が望むまま行ったのは、誘拐されかけた梨々子を楊が助けに来なかった事実が辛すぎると梨々子が泣き止まないからであったのだ。
そして、久美こそ梨々子を恋人のように最後まで抱いたが、その日の梨々子も泣いていたのだ。
久美への恋心を知り、楊への恋心よりも強いと知ったその時、彼女の恋愛成就を応援してきた母と祖母への裏切りだと脅えたからである。
友人を作れない彼女は、母と祖母だけが友人であり世界だったのだ。
「ちょっと、どうしたの。女っぽいから。ええと、子供っぽいの意味じゃなくて、本当に、本当に可愛いってことで、ねぇ。ほら、梨々子を傷つけたままじゃあ、俺が海里に怒られるねっかさ。」
早坂海里は梨々子に初めてできた親友で、梨々子が会えなくなってしまった親友だ。
梨々子は久美の言葉を聞いて、自分がどうして海里に会えなくなったのかも思い出させられた。
「――ねぇ。私に優しいのは海里のため?あなたも由貴さんも、海里が一番だものね。海里に兄者って呼ばれて、由貴さんは弟者?私に優しいのは海里と仲良しになったから?責任を取らないと海里が怒るから?」
久美からは何も返答も無く、梨々子がゆっくりと顔を上げると、久美は両手で顔を覆って頭を下げていた。
図星だからだろうと、梨々子はその場から離れて逃げた。
久美は梨々子に何度も梨々子の望む「愛している」と言う言葉を与えた。
どうしてその言葉を素直に受け取れないのだろうかと、どうして受け取ったら自分の世界が壊れるような気がするのだろうかと、答えの出せない梨々子は逃げるしかなかったのである。




