不格好な自分
梨々子は昼食に誘ってくれる学友が何人か出来たが、彼女達は本当の意味で梨々子を仲間にはしてくれず、梨々子は毎日彼女達に囲まれた輪の中で疎外感を感じさせられていた。
断れば良い話だが、梨々子には人の誘いを断るというスキルがそもそもなく、さらに言えば、彼女達の一人の服装が玄人とお揃いの仮装をした時のドレスと似ている事で、断ろうと思う前に梨々子の気力が萎えてしまうのである。
梨々子は過去に誘拐されかけたが、玄人が身代わりになってくれたことで助けられた。
そこは素直に梨々子は玄人へ感謝はしているのだが、その時の玄人の台詞が梨々子にはトラウマとして残っているのである。
「お揃いの服で双子の様でも、私達のどちらが女の子かわかるでしょう。」
結果、誘拐犯は玄人を連れ去った。
後に玄人は梨々子に当たり前だと言い切った。
「あのね。梨々子のような健康的なモデル美人はね、ゴスロリが嵌らないものなの。あれは違和感がある方が様になるものなんだよ。」
しかし梨々子は玄人の言葉をただの慰めとしか受け取れなかった。
梨々子よりも十センチ背が低い玄人は華奢で、楊に抱きしめられている姿は絵のように様になるのだ。
そして、同じくらいの身長の梨々子と楊では、抱き合っても男同士が抱き合うように見えるのではないかと彼女は思っている。
楊に抱きしめられた時に感じた自分の体が余っている感覚は、自分の体が象かカバかのように鈍重で不格好だと突き付けられたようなものである。
さらに弁当仲間は会話の端々に梨々子の大柄の体を笑いの種にするので、嫌でも自分の不格好さを思い知らされるのである。
梨々子の胃は昼が近づくにつれて痛むようにもなってきていた。
だが、その責め苦のような昼休みも、今日は楊に弁当を盗まれたことで救われたのである。
その喜びも一瞬で霧散したが。
梨々子は大学に現れた久美に食事に誘われ、梨々子はその時に楊に救われたのではなく楊に捨てられたのだと認めるしかなかった。
認めるだけでなく梨々子が打ちのめされたのは、久美の姿に梨々子が鳥の羽ばたく様な高揚感を感じてしまったその時に、梨々子が意地を張っているだけだと楊に見透かされていたという真実に気が付いたからだ。
梨々子は楊に久美から遠ざける行動こそ取って欲しかったのだという、本当の自分の気持ちに気が付いたのである。
楊に本気で恋をしていた彼女を婚約者にまでしてくれたのであるならば、楊の心のどこかで梨々子の裏切りに対して傷ついていて欲しかったのだ。
愛する男に自分が一歩も踏み出せないのは、楊にとって砂屑のような存在でしかなかった自分だという事実からだ。
こんな独活の大木でしかない自分では、遊び慣れている久美にすぐに飽きられるのは確実だろうと、彼女は久美の言葉を受け入れることが出来ないのである。
「ねぇ、梨々子はサンドウィッチは嫌いだった?」
久美は梨々子の気も知らずに大きな紙製の箱を膝に置き、五人前はありそうな色とりどりの美しいサンドウィッチを梨々子に捧げて微笑んでいる。
梨々子は久美の笑顔に無性に腹を立てながらも、空腹になると襲ってくる吐き気の恐怖に耐えられずに、乱暴に手近なサンドウィッチを掴むと齧りついた。
しかし、口に入れたそれは砂の味しかせず、梨々子はゆっくりとパンから口を離し、自分は何をやってるのだろうと落ち込むしかなかった。
梨々子の味覚が妊娠してから変化していなければ、おいしいと彼に笑い返すことも出来るのにと考える自分がいて、梨々子はそんな卑屈な自分に嫌気までも湧き、例えようもない情けなさに泣き叫びたいくらいである。
「どうした?おいしくない?俺はサンドウィッチには自信があったんだけどね。」
梨々子は自分の体の変化を今日こそ久美に伝えて食べられない事を謝ろうと口を開いたが声が出ず、結局はいつものように出来る限り不機嫌な顔を作り、自分にサンドウィッチの箱を差し出す男を見返すことしかできなかった。
「はは。梨々子に俺を見つめてもらえるなら、蔑みの眼だってかまわないよ。」
「クミちゃん、たら。」
白波酒造の若き跡取りである白波久美は、複雑な生育環境で育った男だ。
梨々子が海里から聞いた事によると、周吉の長女の双子の息子の一人として彼は生まれたが、長男大司の最初の妻に無理矢理に養子に取られたというのである。
彼の従弟となる玄人の話では、長女が後を継ぐ家系ということで神様の意思だから従うしかないとのことだが、梨々子は久美が実両親や兄弟と離されて白波本家でたった一人で成長したという事実には聞くだけで辛いものがあり、白波を許せないという気持ちがある。
だからか、久美が地毛である白髪に近い金髪をカツラで隠し、出来る限り双子の弟と違う姿で振舞っている姿が、梨々子には久美の白波の跡取りとしての寂しい心構えにも思えていた。
そして、今、久美は梨々子の為に本当の姿を衆人の目の前に晒しているのだ。
つまり、地毛を黒髪のカツラで隠さず、普段使っている新潟弁を使わずに標準語で喋り、服装もスーツではなく、紺色のポロシャツにベージュ色のチノパンというカジュアルな格好だ。
そこまで考えて、梨々子は違うと歯ぎしりするしかなかった。




