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山口に愛人?

「差し迫ったって?」


 葉山が聞き返せば山口は頬をカっと赤らめ、葉山には山口の表情が正体不明の術者への覚悟というよりも軽薄そうな何かを見いだせそうであった。


「ねぇ、山さん。俺はその顔に覚えがあるよ。」


「あ、俺も覚えがあるね。山口がちびから浮気を隠そうと焦っていた時の顔だ。」


 ボンと音が聞こえるくらいに山口の顔は真っ赤に染まり、ソファから大きく不格好に立ち上がると、今までの優雅さなどかなぐり捨てた刑事時代の山口に戻って楊と葉山に言い返し始めた。


「あんたらはそれしか無いんですか!ち、違いますよ!そんなんじゃないです。それに、あの時だって浮気じゃないです!付き合う前なんだから、浮気じゃないです。」


「昔の恋人に押しかけられて君が一晩消えたのは、確かクロと付き合い始めの頃だよね?」


 葉山の言い返しに山口は自分の胸を右手で押さえ、楊と葉山は山口の姿に笑い声を立てながら軽く手を打ち合った。


「もう!かわさんも、友君も!」


「ははは。ほらほら、無い腹を探られたくなきゃね、かわさんにこの子を預けた方が身のためだよ。俺こそね、術者に会いたいから――。」


「その子は僕が貰う約束です!」


 低いが少年の声の響きを残した聞きなれない声に葉山と楊は同時に声のした方へと見返すと、彼等へのお茶の盆を運んで来たらしきとても若い宮司が戸口にいた。

 青年は標準身長に細身の体だからか小柄で華奢に見え、真っ白な狩衣を纏った姿は人形のように愛らしく、さらに言えば、髭が未発達な頬や口元の柔らかそうな皮膚から幼子のような初々しさまでも感じさせるのである。


 山口をよく知っている楊と葉山には、目の前に現れた青年の姿は山口の嗜好そのものでしかないと一瞬で断じるしかなかった。


「クロがいながら愛人を囲んでいたとは。」


 言葉に出したのは葉山で、山口は両手で顔を覆うとがっくりとソファに沈み込み、珍しく楊の方が葉山に肘鉄を喰らわせていた。


「僕の部下が失礼しました。」


 青年は楊の言葉にふっと笑顔になり、クスクスと笑いながら近づいて来て茶器を配り始めたが、その仕草は砕けているが堅苦しさもあり、まるでファミリーレストランのなりたての店員のようであった。


「あの、どうぞ。僕こそ失礼しました。初めまして。僕は白波しらなみ伊予いよです。祖父に神社の仕事を覚えたいなら淳平さんの弟子入りをするのが一番だって唆されまして。土曜日だけこちらにアルバイトに来ているのです。」


「土曜だけ?」


「はい。僕には大学がありますから。それに、神社の仕事は初めてですから、少しずつがいいだろって、祖父が。」


「あれ、白波の子は全員桃缶のお駄賃で神社仕事をさせられるのではなくて?」


「僕は両親が離婚してから白波とは縁遠かったですから。母がテーマパークが好きな人で、自宅は舞浜なんですよ。」


「そんな遠くから。」


「あ、いえ。大学には遠いだろって、兄が自宅に呼んでくれまして。今は初めて兄弟で過ごしているんですよ。」


「あぁ、クミちゃんちはいい場所だよねぇ。でも、銀座からこっちはやっぱり遠くないかな。」


「ですから、土曜だけです。」


 葉山は楊と嬉しそうに笑いながらやりとりをしている伊予を微笑ましく観察していたが、伊予の長めの短髪は真っ黒だが、無造作風ながらもワックスでハネや流れを作って整えており、その上、眉までも整えているという今風の若者であることに気が付いた。

 そこで葉山は伊予に対して普通の子供でしかないと、少々どころかかなりの喜びが湧いたのである。


 白波酒造の若社長である白波久美の父親は片手で納まらないほどの結婚と再婚を繰り返しており、久美には伊予と矢那やなという腹違いの弟妹がいると楊達は知っていたどころか矢那には会ったこともある。

 その八歳の矢那が全く子供らしくなく、楊も葉山も下僕のように使われたという過去があるのだ。


「君は神主になるの?」


「いいえ。僕も兄さん達と一緒に神社の手伝いがしたいなってだけですよ。手伝いくらい出来る様になって、僕もそろそろ白波に加わるべきだって、矢那が。」


「あぁ、矢那ちゃんね。」


 葉山の納得したような相槌に、楊が同調するような声で続けた。


「それは言うことを聞かないといけないね。」


 八歳の妹の言いなりになっているらしき十代後半の青年に、不甲斐無いと思うよりも楊も葉山も同士のような心持で、好感度だけが伊予に対して湧いてしまっていたのである。

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