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馬淵の事情

 楊の着用していたベストは高級そうなシルクサテンの生地で仕立てられた普通の灰色のものだが、ミリタリーもの好きの興味を引きそうな余計なポケットを備えているというものであるのだ。

 そして、葉山の違和感は山口が楊に掛けた言葉で解消された。


「かわさん、かわさんが着ているそれは確かクミちゃんがフランスで作った防刃ベストですよね。普通のスーツにも合わせられるデザインだって、クミちゃんが自慢していた特注品。」


「うん。俺はこのベストと引き換えに梨々子を売ったの。それはいいからさ、この子が行方不明者とどう関係あるかを教えて頂戴よ。」


「ええと、その子が日比野家のネズミ捕りに掛かってから、日比野家に悪運が降りかかったのだそうです。馬淵さんが言うには、ですが。まず、愛良さんの父親がその子を見つけたその日に交通事故です。怪我は片足切断に両腕の複雑骨折、つまり、その子と同じような状態です。そこで動物病院で勧められた安楽死ではなく、数十万かけて治療をしたのだそうです。父親はそれで体に少々の不自由は残っても、自分で動ける状態にまで回復しました。そして野に放てない状態のその子の世話は愛良さんが受け持ち、北海道から上京する時にもその子を連れてきたそうですけれど、去年その子が盗まれて、そうしたら愛良さんの行方不明です。僕への最初の相談は、愛良さんの行方ではなく、その子の行方でしたね。」


「え、愛良さんは後回し?」


「馬淵さんは警視庁の公安の人ですけど、僕達と同じ死人探索組の人ですからね。呪いだって思い込んでいましたから、まず術具の探索です。」


「そうか。で、君も一緒に探したのか?」


「僕は愛良さんの部屋を見て、近所の人の話を聞いて、愛良さんの友人の中からその子を盗んだらしき容疑者を三人あげただけです。入間未知、深道結愛、それから、小平こだいら和奏わかな。」


 葉山は横にいる楊が山口の言葉にピクリと目の下を痙攣させたように見えたが、梨々子の学友だと言っていた名前があるからだろうと山口を見返した。


「入間未知は最近の行方不明者だ。」


「馬淵さんが言うにはね、そのオコジョ、いえ、イイズナを盗んだ犯人が彼女だったそうだよ。そこで、馬淵さんが入間の部屋から少々超法規的手段でその子を取り戻したそうなんだけどね、愛良さんが戻って来ないどころか入間らしき死体が発見されたでしょう。それで僕に呪いを祓って欲しいって、一昨日の夕方にその子を持ってきたの。」


「そう。でもね、確かに俺は現場でこの子の臭いを嗅いだけれどさ、この子自身には呪いの印は見えないよ。どう使うのかな。」


「かわさん、僕はその子はネズミ捕りに引っ掛かってしまっただけの哀れな生き物ってだけだと思いますよ。ただ、珍しくて欲しがる人間が多いから、あっちに盗まれこっちに奪われを繰り返していただけで、盗んだ子達全員が別件で術者に恨みを買っていたのかなって。」


「山さん、愛良さんの事で他に知っているんだね。」


「うん。愛良さんが人を殺したらしい、という容疑があるの。今のところはただの馬淵さんの思い込み、でしかないけれどね。」


「それって、田陸恵茉?」


 葉山は勢い勇んで口にしたが、山口は目を丸くして驚き顔を見せただけだった。


「誰、それ?」


「あぁ、類似事件で一昨年に行方不明になって捜索願が出されている人。関係ないのかな?」


「友君が似ているというのならば関係があるのかもね。僕が馬淵さんに聞いたのは島根しまねさとし巡査。失踪当時二十三歳の刑事昇格したばかりの新人さん。」


「――馬淵さんは、愛良さんどころか同僚を探していた?」


「二人とも、だろうね。愛良さんに新人を紹介したのは馬淵さんで、二人を引き合わせてしまった事をとても後悔しているもの。イイズナを持っていれば、愛良さんを行方不明にした術者が来るかもと彼女は覚悟をしていたみたいだけどね。」


 葉山も楊もイイズナが山口の手元にある事で馬淵の死を確信したが、敢えて尋ねたのは楊の方であった。


「ってことは、彼女は?」


「――無理矢理に病院に入れちゃいました。この子は預かるよって。」


「俺達に渡さないのはそういう事か。術者が来るならば俺が引き取るよ。」


「いえ、でも、ここじゃないといけない理由が。」


「白波の結界?」


「それもありますが、もっと差し迫った問題が。」

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