術を知ったらかわさんは終わる
「で、笑っていないでさ、どういうこと?俺が知っちゃいけないって。」
「友君やかわさんに髙さんが裏仕事を教えないのと一緒ですよ。裏ルールを知っている僕達は、裏ルールに基づいて動く事が常になっている。でも、それじゃあ、イレギュラーな事態に対応できない。だから、僕達ルールを知らない人間が必要なんですよ。別の視点で見る事が出来て、違う方法を選べる人間が。」
「俺が呪術を知るとどうなるの?」
「その呪術のルールを知るから、そのルールに沿って術に対処しなければなりません。その時点でかわさんは初心者となりますから、絶対にかわさんより上の呪術者に敵うことができません。」
「知らなければ?」
「知らなければ、かわさんが自分で思うルールで破壊できます。今までだってそうじゃ無いですか。獣道は術者の精神世界そのものですから、普通は化け物を取り込もうなんて一ミリも考えない物なんです。巨大吸血ヒルを心の中で飼おうなんて、誰も思いつきませんよ。」
「だって、獣道の事を知らなかったんだもん。」
「だからそこなんですって。それが強みなんです。」
「あぁ、獣道。山さん。今回の事件ね、知っていると思うけど、水野達が取り込まれた事件。それも獣道って奴だったのかな?」
「うーん。僕は獣道は使えないからわからない。かわさんがわからないの?」
「あるのはわかるけど、あれがなんだかわからない。場所も特定できない。だから俺には何もできない。」
しょぼんと頭を下げて落ち込んでしまった楊を尻目に、葉山は山口に向き直って尋ねていた。
山口の言葉が不思議だったからである。
「山さんは獣道を使えないの?」
山口は目を見開いて、当り前でしょうと、少々声を裏返して答えた。
それからくすりと笑うと、自分は普通の人だもの、とまで言い切ったのである。
幽霊や人間の悪意を黒い靄として見る事ができる男が何を言っているのかと、葉山が山口に言い返そうとしたところで、山口は何かに思いついたかのように感嘆の声を上げた。
「どうしたの?」
「うん?友君の勘違いがわかったから。クロトやかわさんを見ていれば、僕にそのくらい出来るように思えるねって。ほら、昔っから、普通の霊能者?は、幽霊が見えるだけの普通の人じゃない。僕はそれでしか無いの。」
「そうなの?オコジョとか見えるんでしょう。」
「それは幽霊みたいなものだから。見えて、一匹くらいは祓えるくらい。使えはしないよ。僕には飯綱使いの能力は無いしね。さらに言えば、獣道は飯綱使いしか使えないし、その飯綱使いも全員が道を作れるわけじゃあない。それから、以前にクロトが言っていたけれど、飯綱使いは飯綱使いを探れないんだって。オコジョを飛ばしても、オコジョが相手の獣に飲み込まれるか跳ね返されるだけだからって。」
「ふうん。それじゃあ、話は変わるけど、馬淵花音巡査の事は覚えている?」
「うん。先日の合同捜査で一緒だった人だね。」
「そう。彼女が探していた日比野愛良について、でも、君が馬淵から聞いた事だったら何でも、俺達に教えてもらえるかな。」
「話すよりも見てもらった方が早いかな。」
山口はそう言い放つとソファからすっと立ち上がり、自分の書斎机の方へと歩いて行った。
葉山は山口のそれだけの動作に、彼は変わってしまったのだと少々寂しい思いを抱きながら元相棒を見守っていた。
刑事時代の彼は一般人に紛れ込むためにか、長身でスタイルの良い体を猫背にしてのそのそと動いていたのである。
今の彼は真っ直ぐに背筋を伸ばして歩き、その姿は静かで美しいとさえ感じる優雅さだ。
葉山は武術については師範代くらいの実力がある。
実際、警察でも体術訓練の時には指導役を任されたりもしている。
だからこそか、人の動きについ注目してしまうのだ。
葉山のそんな感慨など知らない山口は、葉山に見守られる中、書斎机の裏ですとんと下に消えた。
山口はどうやら机の下に隠していた物を取り出そうとしていたようで、再び姿を現した彼は靴箱サイズのダンボール製の小箱を抱えていたのである。
「何?それ。」
「うん?君達に見せたいもの。」




