あれから三日目
黒い亀は通信販売で売っているおまじないグッズでしかなかった。
一個数百円ほどの黒曜石製のそれは、販売会社によれば中国で大量生産された物であり、その会社以外に雑貨屋などでも店頭販売されているという、購入者を特定する事は不可能なものだったのだ。
勿論、術者が触った事で指紋は付いていたが、前科のない人間の指紋などあった所で無意味に近い。
容疑者を特定して初めて、証拠となり得る程度のものなのだ。
「アヘンはかなりの証拠ですけどね。」
鑑識からの報告書に頭を抱える楊に、楊の部下であり数か月後には楊を顎で使える立場になるだろうキャリアの葉山友紀警部補が書類を読みながら呟いた。
宮辺鑑識主任が室内の匂いに耐えられなかったのは、楊が感じた獣臭どころか微かなアヘンの臭いであり、現場である上下どちらの部屋にもアヘンが撒かれていたようなのである。
「コカインでもモルヒネでもなくて、この時代にアヘンチンキってね。どこで売っているの、そんなもの。」
「普通に売っていますよ。医師の処方箋が必要ですけど。」
「え、そうなの。」
「えぇ。劇物指定で管理が厳しいですけどね。今のところ薬局も病院でも不明になった届出はありませんし、現場の物は不純物が多すぎて現存の医薬品では無いようですから、江戸時代から続くような家の土蔵にあったものでしょうか。大昔は腹痛や頭痛に効くお薬でしたものね。」
「怖いよね。昔はそんなものが常備薬って。」
「そうですね。まぁ、そのアヘンのせいで、アヘンで混乱した警部以下の混乱によるものと見做されたのでしたっけ?」
楊は小馬鹿にしたような口調で付け足した葉山を見返して顔を歪めて見せたが、彼も楊と同じような顔つきで顔を歪めて見せた。
葉山友紀は、頬骨が高く顎がしっかりしているが繊細さもある整った顔立ちをしている。
楊はその顔立ち通りに真っ正直な男であると考えているが、このところ失恋を繰り返すばかりだからか、軽薄で鬼畜な言動をするようになっている。
否、軽薄で鬼畜な言動は最初の失恋からだ、と、楊は心の中で訂正した。
葉山が恋したのは、楊が妹分として可愛がっている玄人である。
玄人はXXYという染色体異常によって現在は女性体だが、楊と葉山が彼に出会った頃は男性器のようなものも残る「少年」だった。
しかし、カテゴリーが少年となる玄人だとしても、男性には見えないぐらいに筋肉も無くガリガリに痩せた体をして、真っ黒な瞳が輝く人形のような美しすぎる顔が乗っていれば、誰もが恋をしてしまう外見でしかなかったのだ。
そのどこからみても美少女にしか見えない玄人でもあったのだが、異性愛者の葉山には自分が抱いた玄人への恋心は認められなかっただろうと楊は考える。
彼は玄人への気持ちを押し殺し、自分さえも不確かになるほど悩み、そして、自分の気持ちを認めた時には遅すぎたのである。
玄人は同性愛者だと公言する山口と恋仲になってしまっていたのだ。
そうしての葉山の鬼畜化だが、その振る舞いは自分の心を知っている玄人や山口の気持ちを軽くするためでは無いのかと楊は最近思うようになっており、山口はともかく、他者への共感力が無い玄人にはその行為は無意味だと教えてやりたいが、葉山の心を思うと楊はいつも黙ってしまうのである。
「かわさん。黙ってばかりでは困ります。」
「お前が言うなよ。」
「何ですか!その返しは!」
「ああごめん。明後日の事を考えていた。」
楊が愁傷な気持ちで葉山を見返せば、彼の紺色のスーツの上等さに目が惹かれ、キャリアはただの県警刑事と違ってスーツ支給代も高額だと言っているようだと皮肉に感じた。
同情心もどこかに消えた。
確かに今の楊のクローゼットには、葉子によって眩暈がするほどの高級スーツどころか高級すぎて普段着に着られない普段着が下がっている。
だが楊は、結婚前と同様に、県警から支給されるスーツ代で購入できる程度のスーツしか着ていないのだ。
これは楊の譲れない部分の筈だろうと自分に言い聞かせながら、葉山のスーツの上等さをうらやむ自分に溜息を吐いていた。
楊が七歳の時に死んだはずの曽祖父は着道楽の男であり、彼の薫陶を知らずに受けていた楊は、洋服の縫製や生地を見て良いものか悪いものか見分けられる目を持っているのである。
だからこそ、楊は自分の着る服の安っぽさがより気になるのかもしれない。
「意地を張らずに葉子が用意してくれた服を着るかな。」
「ちょっと、かわさん。俺の眼を見て。落ち込んでいると思っていたら、服ですか?新婚の悩みでしたか?ねぇ、佐藤達はあなたにはどうでも良かったということなのですか?」
つい数分前まで、どうでもいいような顔を作っていた男の本音を聞いたと、楊は葉山にニヤリと笑い顔を見せつけると、自分のポケットから取り出したスマートフォンを葉山に手渡した。




