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俺が最初からここにいれば

 オブジェにされたらしき被害者の身元は、部屋の住人であり、岐阜県から上京して神奈川県内の私立大に通っている入間いるま未知みちと見做された。


 見做されただけなのは、本人を確認しようにも回収出来た上半身の損傷が大きすぎて個人の特定が出来ず、DNA鑑定の結果を待っている状態であるからだ。


 その事情こそ楊の部下達を行方不明にせしめた原因だ。

 遺体が脆すぎるからこそ、遺体を取り出すために壁を削ることこそ不可能だと、現場を前にした鑑識は簡単に結論出した。


「だめですか?どうせ人間の所業じゃないんだから、死体回収をして終わりにしましょうよ。」


「だよね。どうせ裁判にも使えないんじゃん?」


 鑑識達は水野と佐藤の人でなしな言い分を聞いて、そうだった!そうしよう!と思ったらしいが、遺体が固められている分厚いコンクリートを見返して、どう掘るんだ?と途方にくれるしかなかった。

 

 ずもーんと、遺体を飲み込んでいるコンクリートの様な石壁は、鑑識班達の前に立ちはだかる。


「宮辺さん、どうしますか?」


 鑑識の主任、外見だけではどこにでもいる男は腕を組み、どこにでもいる男のようにして悩んだようにして小首を傾げた。

 すると、そこに誰かが提案らしきものを言ってのけた。


「二階からここのロフトに入って、下半身だけを回収するのはどうかな?石の壁の厚み分の輪切りは残るけどさ、それは後で壁ごと一緒に切り取ってお終いに出来るでしょう。」


 その言葉を聞くや誰の発言かを確かめるどころか、感銘を受けたかのように全員が二階の部屋である三〇二に殺到した。

 その部屋に住人はいないどころか鍵が開いていたという状態でも、誰も違和感を感じるどころか部屋に嬉々として雪崩入り、宮辺主任率いる鑑識三名と佐藤と水野が一階への四角い穴を見つけることとなったのである。


 その結果として、穴に潜っていた全員の行方不明が起きた。


「俺が最初から来ていれば。」


 何も無いただの床となった場所から楊は這いつくばる形で動けなくなってしまっており、彼はうわ言の様に同じ呟きを繰り返すだけである。

 そして、いつもは楊を慰め叱咤するはずの髙さえも、楊の脇に片膝を立てて座り込み、頭を下げたまま物思いに耽っているだけだ。


 僕と良純和尚をここに呼び出したにもかかわらず、髙までも駆け付けた僕達に何の感慨どころか説明さえもせずにずっとこの状態で、事情は僕と良純和尚が楊を宥めながらようやく聞き出したという現状なのだ。


 楊が僕達に語った現場となる一階のロフトは、水野達が下りた部屋ではない。

 つまり、部屋がパズルのように組み込まれて作られているからこそ錯覚したのだろうが、二階の部屋に開けられていた四角い穴がある位置は一階の部屋のロフトからズレている場所だ。


 さらに言うと、ズレてなく真下であろうとも、大体、床板一枚剥がしてすぐ下の部屋など、いくら安普請でもあるはずが無いのだ。

 そこを誰も気が付かなかった時点で、全員が術に嵌っていたと言えるだろう。


 だから楊や髙のせいでは無いと僕は彼等に言ったのだが、楊は僕の言葉に落ち着くどころかさらに落ち込んだ。

 楊は今や術者の端くれだ。

 術者だからこそ最初から立ち会っていれば見破れたと考えるのだろうか。


「かわちゃん。かわちゃんは術者としては大したことが無いじゃない。術に嵌っても気付くはずは無いって。最初から一緒だったら、みっちゃんやさっちゃんと一緒に取り込まれていただけだよ。」


 僕の後頭部は保護者であるはずの良純和尚に強く叩かれた。


「痛いです。」


「追い込んでどうするよ。自分が無能だって言って落ち込んでいる奴に、今まで有能だって勘違いしていたの?的な返しは止めてやれよ。可哀想だろ。そうだねって、流してやれよ。」


 楊は僕達が来てから初めて大きく体を動かした。

 つまり、がばっと起き上がったのである。


「ふざけんな!お前らもうちっと俺を労われよ!」


 僕は突然身を起こした楊のせいで床に転がり、楊はパグみたいな顔で良純和尚を睨みつけ、そして一言も喋らなくなっていた髙が高らかに笑い出していた。


「かわさん。そうですね。僕達は術には無能です。だからこそ僕は玄人君を呼んだのですもの。ねぇ。」


「ようやくあなたも復帰ですか。楊はどうでも、そこの穴から現場が見下ろせるという事に疑問を持たないどころか、あるはずのない部屋だってあなたが考えもしなかった時点で敵の術とやらは完璧だったのでしょうね。いいか、楊、わかっただろ。早いか遅いか、同じだよ。それよりもね、お前はわからないのか。消えたって言うんなら、お前らがよく使う獣道とやらに水野達は吸い込まれたんじゃないのか。」


 楊はびくりと大きく体を強張らせ、良純和尚から気まずそうに顔を背けた。

 僕は楊のせいでは無いと慰めるため、そんな彼をぎゅうっと抱きしめた。

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