保証会社社員の不幸
今となっては発端からして罠であったのだと考えるしかない。
まず、賃貸料の未納が発生し、保証会社の社員がアパートに住んでいるはずの契約者を訪ねたことから事件は始まる。
未払い金の支払い猶予期間が過ぎた保証会社のすることは、契約者が部屋にいれば未払い金の請求をし、留守であれば鍵の交換をするというものだ。
今回も保証会社の社員である三輪宝生が上司に言われたままにブルーブルックスハウスの三〇一号室を訪れてみれば、ロフトに進む階段が乳白色に輝く光沢のある石膏で出来た壁のようなもので封鎖されているだけでなく、住人だと思われる上半身がそこから仰向けで突き出していたのである。
通報者である三輪は、オブジェにしか思えなかったと警察には語った。
だから自分は殺していないのだとも。
三輪が自分が殺したわけでは無いと言い張ったのには理由がある。
突き出していた上半身は石膏のようなもので完全にコーティングされており、三輪には死体どころかオブジェにしか見えなかった。
そこで、契約者が室内で勝手に巨大オブジェを制作しただけでなく、ロフトへの階段を潰すほどの改造ともいえる行為をしていた事に驚き途方に暮れた彼は、マニュアル通りに上司に報告を入れる事にしたのだ。
「その子は美大生じゃないでしょう。社会福祉学科の子じゃなかった?」
「でも、でも、あるんです。ええと、コンクリートみたいなもので部屋の半分以上を潰してしまったものが。どうしましょう。」
「どんな感じなの。」
三輪はスマートフォンのカメラを起動して、上司がオブジェを確認できるようにとスマートフォンをオブジェに翳した。
「……うそ。」
スマートフォンの画像の中ではオブジェなど無く、腰から下が乳白色の粘土のような物に埋まっている全裸の生きた女性が、必死にそこから抜け出そうと足掻いているのである。
三輪は驚きながらもカメラを動画に切り替えた。
するとスマートフォンが奏でた小さな音に、その女性はぐるっと彼に振り向いたのである。
悲鳴は二つ上がったが、それは三輪と映像を一緒に眺めていたはずの上司のものであった。
振り向いた女性の首が振り向いた動作によってぽきりと折れ、首が折れた頭はごろりと下に落ちてしまったのである。
頭の無くなった首からは、壊れた蛇口のように赤い血が迸る。
愕然とした三輪がスマートフォンの画面から視線を逸らしてオブジェを見返せば、首の取れたオブジェから噴き出す物は何も無いが、細い首の部分は生物の組織でしかない、
三輪に見せつけている丸く赤い断面図は人体のものだと三輪に訴えていた。
彼が脅えながら床を見下ろせば、二つに割れた石ころは、灰色と赤が入り混じった中身を飛びだたせた生首だ。
「ひっ、し、死体?え、ど、どう、どうして。」
喘ぎながら三輪はスマートフォンの画面に目線を動かし、そこに映る映像がやはり先ほどと同じ裸体で首のない女性の上半身でしかないと、再び彼はその画像と現実風景を見比べるために目線を乳白色のオブジェに戻した。
そんな彼に応えるかのように、オブジェは石壁からそのまま下に崩れ落ちたのである。
壁から突き出ていた部分を切り落としたかのようにすっぱりと。
今や乳白色の石の壁に残るのは、生々しい人体の赤黒い輪切りの切り口だけだ。
三輪の叫び声はけたたましく響き渡り、しかし通報は彼の悲鳴を聞いた近隣住人ではない。
三輪と電話をしていた上司は自分のスマートフォンの中で展開される事態に呆けた様に画面を見つめる事しか出来ず、隣に座る同僚が訝しがりながらマニュアル通りに通報しただけである。
通報を受けた相模原警察署は迷うことなく楊の特対課に事件を投げ、特対課は水野と佐藤の両名が専従の鑑識班と共に現場に急行することとなったのであったのだ。




