16、叔母さん、これもきっと事件なのです。
ぢゅるぢゅるぢゅる。
不思議な擬音を立てるジュースをストローで吸うと、興味津々といった視線がアタシに集まりましたですよ。
と、いっても二人分ですが。
「あ、わたしたちのことは気にしないで」
「そうですぅ、気にしないでくださいですぅ」
婦警さんの制服に身を包んだ兎さんコンビに妙に楽しそうに返されて、アタシは不思議に思いつつも頷いき返しました。
「でも、ほんとびっくりしたわ。こんな可愛い女の子を拾ってくるんだもの」
「ほんとですぅ。あのクソ真面目な犬公と顔面凶器な鬼刑事が犯人じゃなくて女の子を拾ってくるなんてぇ、前代未聞なのですよぉ」
気にするなと言われましても、兎さんコンビの視線はアタシに向き、更に会話の内容はアタシなのです。
それを気にするなというのは無理な相談なのですよ!
なのでお返しとばかりにおふたりを観察しかえしてみます。
さばさばとした喋り方をする兎さんは、とおっても童顔でぼぉんきゅぼぉんな〝美少女〟といったお方です。くるくるした髪の毛を頭の脇でふたつに結んでいるので、お姿も垂れ耳兎さんのようです。
もうひとりの語尾を延ばした甘い喋り方をする兎さんは、対照的にすらりとした〝デキル女〟といった雰囲気のお方です。頭の後ろで兎の尻尾のように髪をひとつにまとめてはいますが、真っ直ぐな髪に違いないです。
なんで兎さんコンビなのかといえばですね、宇佐美月乃さんと、因幡雪兎さんとおっしゃられるからなのですよ。
お月さまの兎さんと、神話の兎さん。
おふたりは性格も外見も正反対なのですが、初対面で意気投合したそうなのです。さすがは兎さんコンビなのです。
兎さんコンビはアタシの視線に気付くと、うふふにやにやと楽しそうな笑みを浮かべてくださりやがりましたです。
「それで、どういう関係なの?」
「貴女に対する丁寧さは普通じゃなかったものぉ」
そうは聞かれましても、アタシにもとんと心当たりはないのです。
犬さんに知り合いはいましても、それはお巡りさんではなく、ご主人様の僕な忠犬さんですし。
なので、わからないといった風に首を傾げてみました。
「……っ」
「いやぁあん、かわぁいぃー」
二者二様な反応が戻ってきましたです。
ゴーイングマイウェイな方には慣れたつもりでいましたですが、この反応は初めてなのですよ。
思わず身構えてしまったアタシはきっと悪くないのです。
「そうやって警戒する子猫みたいなところもかわぁいいわぁ」
うふふと笑いながら、兎さんコンビの片方が手を伸ばしてきましたです。
なんとなくなのですが、ハム子さんの時に似た嫌な予感がするですよ。いじくり倒される、そんな予感がするのです。
「……何をしている?」
そこに響いたのは犬さんなお巡りさんの、心の底からの嫌そうな問いかけ。
ご主人様の忠犬さんも、たまぁに、こういう嫌そうな声をするのでわかります。というか、そっくりです!
「別に何をしていたってわけじゃないわ」
「ええ、ひとりでは心細いんじゃないかって思ってぇ、話し相手を勤めていただけのことよぉ」
兎さんコンビは誤魔化すように笑って、用事を思い出しちゃったと言ってそそくさと部屋から出ていこうとします。
アタシを放っていかないでもらいたいのですが、でもこれ以上構われても困るので無言で見送るのです。
決して身の危険を感じたからではないのです。
「あー、迎えだ」
犬さんなお巡りさんはアタシの顔を見ると、恐ろしく疲れたような表情を浮かべ言います。
なんですか、その残念なものを見るような目は。レディに対して失礼だとは思わないんですかっ。
そんな感想が浮かびましたが、レディなアタシは間違っても口に出しませんとも。ええ。
「貴女には帰巣本能というものは無かったようですね」
…………。
うわぁお、ご主人様に忠実な犬さんの登場で、犬さん揃い踏みですよ。ちょっと壮観な眺めです。
っていうか、アタシに対して酷い暴言吐かなかったですか? アタシにだって帰巣本能くらいありますですよ、失敬な。
今回はそのですね、ちょっと色々と不足の事態が起こっただけなのです。ええ、そうなのですとも。
「ほら、帰りますよ。
貴女とはぐれたと責任を感じて、泣き崩れている人がいて大変なんですから」
ハム子さんがっ!? それは一大事なのですよ!
こうしてはられないと、勢いよく立ち上がり犬さんに駆け寄ります。んで、さっさと次の行動に移るのですと、犬さんのスーツの裾を引っ張ります。
はぁあ。
すると上の方から栄養ドリンクのCMでしか見ないような深い深いため息が降ってきましたです。思わず上を向いて睨もうとしたアタシの頭を、犬さんはぐりぐりと押し付けてくださりやがりましたです。
ただでさえあまり高くない背がこれ以上縮んだらどうしてくれるのですか!
まったく、レディに対する態度ではないのですよ。
「犬飼、迷惑をかけたようですね。
貴方が保護したと聞いて、若様も安堵されました」
「いえ、自分は自分の仕事をしたまでのこと。けれどそれが若様のお役に立てたのなら光栄です」
沸々と湧き上がる怒りに耐えるアタシの頭上で、犬さんと犬さんの会話が。
っていうか、お巡りさんな犬さんも、ご主人様の関係者なのですかっ!!
にゃんという事実っ!?
そして犬さんどうしは、やっぱり仲が良いのですね。同じ群れの仲間だったりするんでしょうか。むぅ。
「何か不穏なことを考えていませんか?」
再びのぐりぐり攻撃に、アタシは涙を堪えるのです。
嗚呼、薄幸の美少女は虐げられるのはこの世界の普遍的お約束なのです。
るーるーるー。
「……若様には一晩署で反省するように言われたとお伝えしておきましょうか?」
「それだけはっ!」
そんなことして、叔母さんの耳に入ったら大変なのですよ。
恐ろしく厄介な御仁に捕獲された叔母さんに、迷惑かけたくなのです!
「屋敷に戻ったら、若様にまず謝罪なさってください。
行方不明になったと、とても心配されたのですから」
「……わかり、ました」
それからアタシはBGMドナドナな中、ご主人様に忠実な犬さんと共に「ご迷惑おかけしました」と頭を下げて下げて下げて、署を後にしたのでした。
ぐりぐりと押された頭が痛いですよ。まったくもう。