7 有終之美
「アンコール! アンコール!」
聴衆の中から、アンコールを要求する声が聞こえた。そして、その声はどんどん数を増していった。大きなうねりになっていった。
舞台袖で汗を拭いながらヒデキは訊ねる。
「どうする? 何やる?」
ポカリスエットを飲んでいたカズヤは「どっちでもいいよ」とぶっきらぼうに答えた。
実は念のためにアンコール曲を用意していたのだ。
「LADY NAVIGEATION」「BAD COMMUNICATION」の2曲だ。
ヒデキは「アンコールをやる?やらない?」と確認していたのだが、カズヤはやる気まんまんで「どちらの曲を演奏するか」の確認だと勘違いしていた。
「林、曲のデータはどっちが先?」
「BAD COMMU」が先です。
「じゃ、そっちで」とカズヤはすんなり決めてしまった。
「ごめん、俺はLADY NAVIをやりたいんだけど」
遮るように珍しくヒデキが主張する。
「BAD COMMUは打ち込みがあって完成する曲だろ」
「最初から最後までギターと歌だけで勝負してきたんだ」
「最後くらい、俺たち二人だけで終わりたい」
林は少し考えてから口を開いた。
「カズヤさん、最後はシーケンサーなしで、LADY NAVIやりません?」
20秒程度のインターバルで、ステージに戻ってきた。
「温かい声援、本当にありがとうございま~す!」
「アンコールまでやらせてもらって感激です。時間もまだチョットあるみたいなので、もう1曲だけお付き合い願います」
結果的には2日間開催された数々のイヴェントの中で、もっとも盛り上がった内容だった。
全校生徒のほとんどが知らないままに進めたライヴだった。
「おい、カズヤ。先生方になんて言って許可もらったんだよ」
「さぁ、一緒に謝りにいこうか?」カズヤはイタズラっぽい笑顔でヒデキに言った。
後ろでやりとりを聞いていた林は吹き出した。
「マジで謝んの?」ヒデキは不安そうに言う。
「こういうのはやったもん勝ち」カズヤはまったく悪びれてない様子だ。
「失礼しま~す」と二人は職員室に入っていった。
もちろん、サングラスは外し、衣装がわりのスーツは制服に着替えて。
「すみませんでした。ハメはずしすぎちゃいました」
とカズヤは頭を下げる。ヒデキもそれに合わせてスミマセンと頭を下げる。
すると職員室から拍手が起きた。
教頭が口を開いた。ヒデキはこの先生と仲が良かった。
反対にカズヤにとっては天敵のような存在だった。
「我々も若い頃は、とんでもないことをたくさんしてきたんだ」
「あんまり頻繁にやられても困るけど、事故もなく、みんなが盛り上がったから良かったじゃないか」
とお咎めもなく、二人は無事に解放されることになった。
二人はほっと胸をなで下ろした。
……と思った、その時だった。
職員室を出ようとすると、教頭はカズヤだけを呼び止めた。
どうやら校旗掲揚のポールを滑り下りたことが問題らしい。
「馬鹿な奴。すぐに調子に乗るんだから」とヒデキは助け船も出さずに職員室を後にした。
そのやり取りを見ていたカンナは何も言わなかった。ただ、誕生日を祝ってくれた無茶な生徒を思い出し、クスリと笑っていた。
ちなみに、翌日のカラオケ大会でも、カズヤはまた何か騒ぎを起こしたらしい。
指先はまだ熱を持っていた。弦を押さえ続けた左手がじんじん痛む。でも、その痛みさえ心地よかった。
ギターを弾けば、誰かが笑う。誰かが手を叩く。その声が、自分をもっと前へ進ませてくれる。
ヒデキはケースを肩に担ぎ、夕暮れの校舎を見上げた。指先の痛みは消えない。でも、その痛みは今日という一日を忘れさせない勲章のようだった。
「また、弾きたいな」




