6 完全燃焼
折り返しの3曲を終え、中庭は予想以上の熱気に包まれていた。普段は朝礼が行われる場所とは思えないほどの一体感だった。その空気を切り裂くように、ヒデキのギターが鋭く鳴った。特徴的なイントロの「Pleasure '91」。ヒデキは指の痛みに耐えながら、高校生らしからぬ集中力で弦を弾き、フレーズが切り替わる瞬間、観客の歓声が爆発した。
ヒデキのギターは、曲が進むほどに熱を帯びた。
「人前で弾いてみたい」という軽い一言から始まったはずの挑戦が、今や校内全体を揺らすほどの大きな渦になっている。その渦の中心に立っていることが、彼の指先に力を与えていた。
ギター・ソロは、彼自身の成長と覚悟を刻むように響き渡った。
ヒデキはもう観客を見ていなかった。ギターだけを見ていた。指先は焼けるように熱を持ち、弦を押さえるたびに痛みが走る。それでも止まらない。このソロだけは、絶対に決めたかった。
間奏の最中、カズヤは突然ステージを離れ、階段を駆け上がって2階へ。観客の視線が一斉に彼を追う。窓から身を乗り出し、ステージのひさしの上に立つ。
“上から歌ったら面白いんじゃないか”という衝動だけで動いた結果だった。
しかし、ひさしにはモニターがない。
PAの音がほとんど聞こえない。歌い出しのタイミングがつかめない。
焦りが一気に押し寄せ、カズヤは自分の軽率さを後悔した。
その時、反対側の校舎の窓に、ステージの反射が映っていることに気付く。
練習で決めていた合図を、林が送ってくれるはずだ。
見えないと思っていても、林は反射した窓に向かって、決めていた合図を送る。その一瞬の信頼が、カズヤを救った。
なんとか歌い出しを合わせたカズヤは、アウトロの間に校旗掲揚ポールを伝って地上へ戻る。
観客はそのアクロバティックな行動に歓声を上げ、混乱と興奮の中でフィナーレを迎えた。
「では、最後のナンバーです。Easy Come, Easy Go!」
最後の曲は、肩の力が抜けたような軽快さを持つ。深刻さを振り払うようなテンポ。
「気楽にいこうぜ」と背中を押すような明るさ。
ヒデキのギターは跳ねるようにリズムを刻み、カズヤの声は自由そのものだった。
気付けば、もう最後の曲だった。ギターを構えたときは、手のひらが汗で濡れていた。あれほど震えていた指が、今は自然にリズムを刻んでいる。手は疲れている。指先も痛い。それでも、もっと弾いていたかった。
20分前とは比べものにならないほど観客は増えていた。教室の窓という窓から顔がのぞき、声援が飛び交う。空き時間を埋めるだけだったはずのステージは、いつしか学園祭の主役になっていた。
観客もそれに呼応するように手を振り、跳ね、叫ぶ。中庭の空気が一気に軽くなる。
青春の一瞬が、風に乗って広がっていくようだった。
曲が終わると、ヒデキとカズヤは手を振りながら袖へ下がっていった。
しかし、その瞬間――
ステージに、さらに予想外の出来事が起きた。
二人は思わず足を止める。鳴りやまない拍手が、中庭を揺らしていた。
観客の熱気はまだ収まらず、ステージの空気は次の何かを求めて震えていた。




