5 歓喜雀躍
正直、この曲を2曲目に置くのは怖かった。
ヒデキは技術的に追いつけるか不安で、カズヤは歌いにくいと言っていた。
それでも、映像で見たあのコール&レスポンスを掴めれば、一気に場を支配できる。そう判断して、二人で腹をくくった。
林のキーボードが軽快なイントロを鳴らす。が、明るいリズムとは裏腹に、ヒデキの胸の奥はざわついていた。
「レスポンスなかったらどうするんだろう」
そんな不安が指先にまとわりつく。
カズヤはマイクをスタンドに挿し、手拍子を促した。ヒデキは不安を抑えながら必死にギターを刻む。ヒデキにはさっきより手拍子が大きく感じられた。ステージへの視線も強くなっている。でも、肝心なのはこのあとだ、とヒデキは祈るような気持ちだった。
カズヤの最初の“呼びかけ”。返ってこなければ、この曲は成立しない。ライヴの勝負はここだった。
一瞬の静寂。カズヤが声を放つ。
その直後、ステージに“返ってきた”。
そのレスポンスは予想以上の大きさだった。中庭の奥から、校舎の窓から、声が重なって返ってくる。教室の窓が次々と開く。廊下を走ってくる足音が聞こえる。もう誰も、空き時間だとは思っていなかった。皆がこぶしを高く上げていた。その瞬間、二人とも胸の奥の不安が一気に吹き飛んだ。
「勝負かけてよかった」
自然とギターに力が入る。盛り上がると、こっちも力が湧いてくる。初舞台なのに、気持ちよさが勝っていた。
曲の終盤、カズヤはステージを飛び出し、観客の中を走り回った。歓声と拍手が渦のように広がり、汗だくのカズヤがその中心を駆け抜ける。職員室の窓からもその姿が見えていた。
英語科に赴任したばかりの新人教師カンナも、最前列で腕を組みながらステージを見つめていた。
観客の輪の中を駆け抜ける一瞬、カズヤとカンナの視線が合う。
視線が合うと、カズヤはいたずらっぽく片目をつぶる。
カンナは呆れたように笑って、小さく肩をすくめた。
ヒデキはギターを鳴らしながら、
「これがライヴなんだ」
そう実感していた。
カズヤは観客の輪の中で立ち止まった。ステージに向かって、そして職員室に向かって。
マイクを掲げる。
「ビーズの……」
観客が息をのむ。
「ビーズの……」
誰かが笑い始める。
「ビーズの……」
一拍置いて、拳を突き上げた。
「ビーズのライヴ・ジムへようこそっ!」
曲は「君の中で踊りたい」だ。
カズヤは前曲の終わりで、観客の中で歌ったのは、このためだった。この時の感触を得て、ステージではない場所での歌い出しだった。
英語のフレーズに合わせて、ヒデキと林が日本語詞を重ねる。
「そこ、もう一回。Rを飲み込まない」
放課後、英語科のカンナ先生に何度も直された発音が、ようやく形になった。
最初は遊び半分で思いついたアレンジだった。
それが今では、誰にも真似できない三人だけの音になっていた。
間奏のギター・ソロではカズヤに促されて、ヒデキも観客側へ降りてみた。
アンプに繋がるコードが外れないかドキドキしながらも、手拍子しながら口ずさんで応援してくれる観客の中で演奏することは予想以上に心地よかった。間違えたらどうしよう、その気持ちは、もうどこにも残っていなかった。
演奏が終わると、万雷の拍手が中庭を包んだ。その熱気が静まるのを待つように、林が静かにキーボードを弾き始める。
カズヤが低い声で歌い出した。
「♪ハッピィバ~スディ、トゥー・ユー」
何が始まったのかわからないまま、観客もつられて歌い始める。
「♪ハッピィバ~スディ、トゥー・ユー」
一呼吸置いて、カズヤは職員室へ向かってマイクを掲げた。
「♪ディア……カンナ〜」
一瞬の静寂。
次の瞬間、中庭は割れんばかりの歓声と拍手に包まれた。
職員室の最前列で見守っていたカンナは、驚いたように目を丸くしたあと、照れくさそうに笑って小さく頭を下げた。
今日は英語科の新人教師カンナの誕生日だった。




