73話 茶会
聖女リリアンが西の塔から脱走して三か月が経った。
当初、リリアンも身の安全のためにどこかに身を隠す予定だったが、なぜかわたくしから離れようとせず、果ては教師に洗脳すると脅してわたくしを無理やり高等部三年の教室に引きずり込むまでしている。
校内でのリリアンの心象は未だ最悪だが、彼女はもうあまり気にしていないようで、わたくしと一緒に行動しているからか特に目立った虐めなども起きていない。
三年生のクラスはカイゼルとリリアンの護衛があるため、勉強はあまりついていけていないがわたくしとしてはありがたいと思ってそのまま高等部三年の教室に居座っていた。
この三か月、わたくし達は率先して悪女の加護を平民に広げているため徐々に悪女の加護が浸透してきていた。
剣闘場の方では、まだ建物は出来ていないが花の道を作り、貧民街の元ゴロツキのガス抜きのために早くも賭けを始動したところ、思いのほか好評で良い具合に貧民街に資金を落とす貴族も出てきている。
ライナスの心を読む魔法のおかげで貧民街での反乱分子も取り除けて、好調に事は進んでいた。
まだ時期が早いため、続々と魔法が使えるようになった貧民街の住人達には口止めをしているが、順調に魔物の弱体化も進んでいる。
概ね順調、というより完璧に近いほどに順調だった。
わたくしが気を張っているからか、やる気が無いのか陛下はこれといって動いていない。
リリアンとカイゼルが普通に貧民街から通学しているのに、そこに対して襲撃も何も無かった。
そして現在わたくしは……。
「来たわね、ベア隊長‼九時の方角に一小隊、二時の方角に一小隊‼」
「あいよ~!」
グラス王国王都の端にある暗い夜の森で、グラス王国の騎士団をパース帝国の騎士団やケビンお兄様と共に罠に嵌めて狩っていた。
わたくしの声でベア隊長が腕を広げると、途端に地響きと共に地面が盛り上がる。
メキメキと音を立てて盛り上がる土にケビンお兄様が幻覚の魔法をかけて魔物に見えるように黒く、禍々しい見た目にする。
音が静まった時には、クマ型の巨大な魔物が完成していた。
「気をつけろ‼例の魔物だ‼散開!」
グラス王国の小隊長の一人が声を上げた瞬間にわたくしは動き出した。
登っていた木から飛び降り、音も無く端に居る騎士団員の首を蹴り、昏倒させていく。
「な、なんだ⁉何か居るぞ‼‼」
黒いマントを羽織り、一人昏倒させては隠れることで姿は現さない。
そして一人、また一人と確実に数を減らしていく。
残り三人になった時点でわたくしは剣を抜いた。
さすがに、小隊長と副小隊長達で固まられると剣無しでは厳しい。
彼らは三人で背中合わせになり、周囲を伺っていた。
出て行っても良いけれど……。
少し考えていると指笛の音が聞こえ、三人には巨大な熊の拳が振り下ろされた。
ゆっくりとした動きのため三人は拳を避けられたが、代わりに連携を崩してしまった。
そこを見逃すわたくしではない。
一気に追い風に乗り、三人を打ちのめす!
全員気を失っていることを確認すると、わたくしは指笛を二度鳴らした。
しばらくするともう一つの小隊が向かった先からも指笛が二度返される。
「やー、姫さん相変わらず速ぇなー」
「セイラン様‼疲れてないですかぁ?飲み物持って来たんですけど」
「あ、ありがとう……」
わたくしが全員気絶していることを確認しつつ、手際よく縄で縛っていくと森の奥からライナスとリリアンが出てきた。
リリアンの手にはタオルと動物の皮で作られた水筒。
彼女はわたくしの前まで来ると、可愛らしく上目遣いでそれを差し出してきた。
タオルも飲み物も嬉しいけど…………何か居心地悪いわ……。
わたくしの天敵とも言えたリリアンは今、とてもわたくしに友好的になっている。
友好的というか、ちょっと不気味な程に懐かれた感じだけど……。
彼女はカイゼルに謝罪してからなぜかわたくしに標的を変えたらしく、男漁りはすっぱりと止め、しきりにわたくしの後を追うようになっていた。
そして、リリアンが仲間になったことでわたくし達は、ベア隊長とケビンお兄様の力を借りて偽の魔物を作り、王都の端の森まで騎士団員を呼び寄せて罠に嵌めている。
ライナスが事情説明&精神鑑定で振り分けた後、敵になりそうな団員は事が終わるまで静かにしているようにリリアンに洗脳してもらっている。
「何だか呆気ないわね」
罠に嵌め始めてからすでに約二週間、騎士団員は順調に仲間になりつつあった。
全員を仲間にするつもりは元々無く、内部で睡眠薬入りの煙を蒔いてもらい、騎士団員達が眠っている間にわたくし達は陛下に王位を降りることを求め、また王宮地下に眠る魔法陣を壊す手はずになっている。
わたくしが不安に思っていると、不意に後ろから手を握られた。
カイゼルとケビンお兄様が来ているのだ。
「大丈夫、もし何かあっても何とかなるよ。計画通り聖女様に協力してもらえている、こっちにはライナスもセイランもケビンも野獣部隊もミックもイバンもドミニクもベルトルドも居る。
それにグラス王国の騎士団員の人達も協力してくれるって言っているし」
カイゼルはわたくしを安心させるように優しい声と共に手を包み込んでくれた。
「まぁ、今まで魔法陣に気がつくことすら出来なかったんだ。種が割れればこんなものだろう」
ケビンお兄様もカイゼルに同調する。
「そう、そうね……」
「そうだよ」
翌日、わたくし、カイゼル、リリアンの三人で学園に向かうと学園の入り口では人だかりが出来ていた。
その中心にはウィリアム殿下。
「カイゼル!マルティネス嬢!リリ‼」
「うげ!何でウィルが居るの?」
一時は愛し合っていたというのに、リリアンは薄情にもウィリアム殿下が心底嫌いになっているようだった。
そんなリリアンの様子など全く気にせずにウィリアム殿下はわたくし達に走り寄って来る。
「来週王宮で茶会を開くことになったんだ!カイゼル達も来い‼大々的に悪女の加護を広めてやる!もちろん平民も参加できる‼」
「……ありがたいお話ですが……兄上なぜ急に強力してくれる気になったんですか?」
「急にではない!私は……リリのことからずっと後悔していたんだ。だから、何か出来ないかと悩んでいた。イバンもミックも来る!お前達も来い‼」
ウィリアム殿下の言葉に隣に居たイバンをカイゼルが見やると彼はこくりと頷いた。
「はい、内容を確認しましたが加護を広めるのにいい機会だと判断しました」
わたくしが念のため、見送り兼護衛のライナスを見ると、彼もこくりと頷く。
ライナスは心が読める。彼が問題ないと言うのなら……。
「分かりました、お気遣いありがとうございます。出席します」
カイゼルが答えるとウィリアム殿下は嬉しそうに頬を緩めた。
そしてお茶会当日、わたくしは少し動きやすい装飾品の少ないドレスにした。
何かあっても良いように服の中に短剣を仕込む。
リリアンは茶会で何かあったとき守りきれないため、代わりにベルトルドとライナスをつけて貧民街に置いて来た。
馬車が止まり、ドミニクを入口に残しカイゼルと共に王宮庭園に向かうとそこでは拍子抜けするほどに穏やかな空気が流れていた。
いくつもの白く長いテーブルに色とりどりのお菓子、そして紅茶。
流石に平民と貴族のエリアを分けているようだが、両方とも凄まじい数の人数だった。
「…………わたくし達が警戒しすぎ……なのかしら?」
「そうみたいだね」
ゆったりと心地よく流れる音楽、談笑。
その光景はどう見ても警戒しなければならない事態とは無縁に思えた。
「よく来てくれた、カイゼル、マルティネス嬢。この後出席者が集まったのを確認したら二人に話してもらう機会を設ける。それまではゆっくりしていってくれ」
「お招きとご配慮ありがとうございます。兄上」
カイゼルがウィリアム殿下に会釈し、わたくしも膝を折って礼をすると彼は少年の様に顔を綻ばせた。
その時、パチンと軽い何かを弾く音が聞こえた。
次の瞬間には周囲が薄く霧がかり、その霧はある一点へと集束していく。
王宮庭園の中心に居たミック・ヒンクリーの指先に集束された霧は突然濃度が薄くなり、彼の頭上に綺麗な虹を作った。
その美しさに周囲の貴族も平民も感嘆の声を上げる。
「お集まりいただきました紳士淑女の皆さま‼わたくし、ミック・ヒンクリーが余興をお見せしたいと思います‼ご観覧になりたい方はどうぞこちらへ!」
ミックは白い布を小脇に抱え、王宮庭園中の人間に叫んだ。
その隣にはイバンがいる。
「兄上、余興とは?」
「あぁ、今朝がた言ってきたんだ。何でももっと効率よく悪女の加護を広めたいと言って」
「へぇ」
カイゼルとウィリアム殿下が話し合っている間にイバンの水人形がミックの前に机を運び、観客に見えやすいように机を傾けた。
ミックはそこに持っていた白い布を被せる。そこには金の刺繍で悪女の加護が描いてあった。
「紳士淑女の皆さま‼こちらは平民の慣習、聖女の祝福と対になる悪女の加護‼両者は似ているようで反対の効果をもたらします‼」
???
悪女の加護は本来、聖女の祝福を消すためだけに作られた魔法陣。
そのため聖女の祝福に手を加えさせる以外の意図はない。
「反対の効果なんて無いわ?」
わたくしが言うとカイゼルも不思議そうにしながら頷いた。
それに、効果もそうだが魔物のことなどは一切言わない手はずなのに……。
悪女の加護を入れている平民達からもザワザワと囁きが聞こえ始めていた。
ミックはそんな言葉を意に介さずに話を進めていく。
悪女の加護の上に手を置き、ミックはこれ見よがしに周囲を確認した。
「よく見ていてください?これが‼悪女の加護の力です‼‼」
ミックが叫んだ瞬間、わたくしは背中に寒気が走った。
この感覚……。
バシッパチパチ‼と何かを弾く音と共に閃光が走り、悪女の加護からは直径30㎝ほどのカエル型の魔物が出てきた。
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