65話 手足全てか肋骨7、8本、折るならどちら?
「君が……セイランが助けたいと思うなら手伝うよ。私はもう、迷うことに疲れたんだ」
何というか、情けないわね。
今まで君としか呼ばなかったのに突然名前で呼び、力なく全てを投げ出すウィリアム殿下の姿は情けない以外のなんでもなかった。
殿下がどこまで知っているのか、聞きたいけれどここで墓穴を掘るわけにはいかないし……。
「殿下、ありがとうございます。じゃあ早速」
わたくしが動き出した途端、目の前に親指サイズの何かが飛び出してきた。
思わず片手で捕まえると手の中で何やら蠢いている。
「ヒィ‼む、虫を捕って……」
「嫁御‼我だ‼コーディ・エマーソンである‼」
聞き覚えのある声に手を開くとそこには親指サイズのプチドラゴン、コーディの姿。
「コーディ⁉貴方なんで小さく、いえ、カイゼルの居場所に案内なさいな‼西の塔のどこに居まして⁉」
「違う‼主は今西の塔ではない!それを伝えに来たのだがこのボンクラが共に居たのでな‼機会を伺っていたのだ‼」
「ボ、ボンクラ……」
カイゼルが操っていればおよそ口にしない言葉をコーディから言われ、ウィリアム殿下はダメージを受けていた。
「そこなボンクラも主を助けるとぬかしておったので、出てきた次第!嫁御!主は今貧民街に居るぞ‼治安が悪い故嫁御には来るなと仰せつかっておるが、どうする?」
「フフフ!治安??そんなもの関係無くってよ‼行くわ‼ウィリアム殿下はここに居なさいな、足手まといでしてよ」
「問題ねぇよ姫さん、このクソ王子姫さんに言われるまでもなく、んな汚い所行く気なんて無いから」
ライナスの言う通り、ウィリアム殿下の顔を見れば貧民街と聞いただけで嫌そうな顔をしている。
これが現王太子……。
結局、一番身軽なわたくし一人が貧民街へ一人で行くことになった。
今の所監視などはつけられていないが、何かの魔法で気がついていない可能性もある。
わたくしなら日が落ちた今、黒いマントを羽織り空高く跳んでしまえば夜闇に溶け込んで誰も追いつくことなど出来ない。
わたくしは男物の服に着替え、その上に黒いマントを羽織った。
もちろん腰には剣を差して。
「姫さん、気ぃつけろよ。食い物は食うな、持ってった分以外水も飲むな。あんまり周りに触るなよ」
「はいはい分かっているわ」
わたくしは元公爵令嬢、そして騎士副隊長を経て現在は皇女。
不衛生な場所とは無縁に生きてきたのだから、貧民街で病気でももらえば一発で死に直結してしまう危険性がある。
カイゼルは治癒の力を持っているから平気なのかしら……。
ぼんやりと考えつつ、わたくしは窓枠に足をかけた。
ふと周囲を気にしてみたがやはり監視は居ない。
ウィリアム殿下も部屋に返し、今はわたくし、ライナス、護衛の騎士二人に侍女二人だけ。
ぬるいわね。
どう考えてもおかしい。
わたくしが魔物の魔法の影響を受けていると気がついているならもっと何かしらの対応をしても良いはず……。
「何か嫌な予感がするわ。気を付けて頂戴な」
わたくしは言うと共に窓枠を蹴って飛び降りた。
心臓が縮まる様な浮遊感と共に落下していき、地面に着く前にわたくしは下側後方から風を吹かせ、近くの木に飛び移る。
そこから木のしなりを使って追い風を利用し思いきり跳んだ。
ゴウゴウと風が唸り、本気で追い風を使っているせいで息もしにくい程に正面からも風が押し寄せてくる。
でも、とても爽快な気分だった。
「この心地よさは飛べる者の特権であるな」
「フフフ、そうね」
コーディに連れられ、しばらく貧民街の屋根の上を跳んで行くと道の中央にカイゼルは居た。見た目はドミニク、ベルトルドと共に貧民街に溶け込むためにフード付きのマントを被った汚らしい恰好をしているが元気そうだった。
そう、とても元気そうではあったのだが……。
「…………」
「待て嫁御‼誤解である!主は一途だ‼‼」
彼がよく見える屋根に降り立ち、わたくしはじっくりとカイゼルの様子を見ていた。
その両脇には10代後半の娼婦らしき美女と20代半ばの娼婦らしき美女。
「ねぇ~!ちょっとだけ、ちょっとだけ遊びましょうよ~」
「そうそう、遠くに居る女のことなんて忘れてパーッとね!」
美女二人に手を引かれて困った顔はしているが、カイゼルは本気で嫌そうな顔はしていない。
「い、いやあの、本当に困るんだ……頼むから手を」
「手を、何かしら?とても元気そうで何よりだわ??口約束の婚約者様??」
嫌味たっぷりに屋根の上から声をかけると、その場に居た全員が固まりわたくしを見た。
「セ、セセセセセセイラン⁉何でここに⁉ここは治安が悪いから」
「そうね?治安が悪いから浮気には最適ね??カイゼル選びなさいな、折られるなら手足全てか、肋骨7,8本どっちがいいかしら??」
わたくしの言葉を聞いて美女二人は青い顔をして手を引いた。
「ちょ‼ちょっと待ってくれセイラン‼誤解‼本当に誤解なんだ‼本当に治安が悪いから来ない方が良いと言っただけで他意は」
カイゼルの言葉が終わる前にわたくしは音も無く屋根から飛び降り、カイゼルの薄汚れたフードを斬った。
ハラリとフードの切れ端が落ち、カイゼルの顔も青くなっていった。
「他意は、何かしら?」
カイゼルが本気では無いが嫌がっている所は見ている。
だからわたくしも本気で浮気を疑っているわけでは無いのだが……。
じろりと両脇の美女を見ると彼女達は震えあがって一歩後ずさった。
わたくしの見た目は絶世の美女と自他ともに認めるほどに美しい。
けど、体つきは脂肪を削ぎ落して筋肉をつけているため、目立つほどの筋肉質では無いが代わりに男性受けの良い体つきとは言えない。
端的に言うと、二人の豊満な体つきが羨ましく、その体でカイゼルにすり寄られたことこそが我慢ならなかった。
「セイラン‼頼むよ、信じてくれ‼彼女達はただの患者の家族‼それ以上でもそれ以下でも無いんだ‼」
カイゼルはわたくしの手を握って泣きそうな顔で懇願してくる。
「我々も証言します‼彼女達の子供をカイゼル様が治しただけで本当に何もありません。カイゼル様はセイラン様一筋です‼‼」
ベルトルドが悲痛に叫ぶと、珍しくドミニクも頷いて近寄って来た。
「はい、誓って殿下は浮気などされておりません」
「そ、そうよ!ちょっとお礼をした方が良いって考えただけで」
「そうそう、本気じゃないって!ね?」
美女二人を含めた五人に詰め寄られ、わたくしは拗ねているのが馬鹿馬鹿しくなり溜め息を吐いた。
「わかったわ、信じてあげるから全て話なさいな。カイゼル、なぜここで治癒の力を使っているのかしら?聖女との噂は何??」
「良かった‼セイラン、愛してる‼‼」
カイゼルに抱き着かれ、その二カ月ぶりの心地よさに先ほどの怒りは吹き飛んでしまった。
わたくしってやっぱりチョロいわ。
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