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62話 愛人

ベア隊長が鋭い突きを出し、わたくしはそれを刃をすべらせながら紙一重で避ける。

すかさず刃を滑らせたまま、ベア隊長の空いた胴に斬り込むが避けられた。


「ゼェ!ゼェ、ハッ‼」

「おやおや、天才ちゃんは体力が無いなぁ。ほらもうちょっと頑張れ~」


のんびりな言葉とは正反対に、恐ろしく正確な一振りが繰り出される。

ベア隊長が横に振るのに対し、わたくしは縦に剣を受け、力を流そうとする……が。


キィンと軽い金属音と共に、わたくしの剣は弾き飛ばされ、そのまま首筋に剣を当てられる。


「ゼェッ‼ハァ!降参でしてよ」

「ハハハ、今後の課題は集中力と体力かな??」


「そうね……精進するわ」


ベア隊長が剣を下げるとわたくしはその場に崩れ落ちた。

とんでもなく体力を消耗したせいで、その場から動けそうにない。


ベア隊長達とわたくしとの差は〝無駄の有無〟。

蓋を開けてみればただそれだけだった。


頭のてっぺんからつま先まで、そして剣の先端に至るまで意識を集中し、無駄な動きを一切しないことで余裕が生まれる。

避けるのは紙一重、そして必ず相手の流れに合わせて動くこと。


そうすることで、全てがゆっくりと、相手の動きも自分の動きも俯瞰して手に取る様に先が読めてくる。


己を完全に掌握し、他者の動き、息遣い、筋一筋の動きすらも感じ取りながら戦う。

わたくしが今まで音を消して相手を討つときに、自然とやっていたことだった。


でも……。


「空気が‼ゼェッ‼……空気が足りないわ‼」


「そりゃあ、セイランちゃんが息止めて戦っているからだな、息止めなくても出来る様にならなけりゃ一流とは言えねえなぁ~。さー、休憩終わり!すぐに立たないならヴィルベルトを呼んでくるぞー‼」


「ちょ、ちょっと待って頂戴な‼」


わたくしが音も無く敵を討つときは、必ず息を止めて一秒にも満たない時間で行っていた。

それでもかなり消耗する戦い方だというのに、戦いの最中ずっとだなんて……。


「化け物達だわ……」

「お~い、ヴィルベルト騎士団長‼‼セイランちゃんが手合わせを」


「きゃぁぁぁ‼ちょっと待って頂戴な‼‼」







そんなこんなで、ベア隊長達に可愛がられること約二カ月。

皇女教育も進み、マナーも見た目も教養も全て公爵令嬢のときよりも洗練された。


「フフフ!やっとこの日が来たわ‼」

「ずっと楽しみにされていましたもの。よかったですね」


新しい侍女はわたくしの髪を丁寧に梳かしながら鏡越しに笑いかけてくれた。

皇宮から一週間馬車を走らせ、今日国境を越えればそこはグラス王国だった。


あれだけ嫌だと思っていたのにカイゼルやハンナが待っていると思えば、行くことが楽しみで仕方が無い。

傲慢さを加味した社交術も皇宮の教師陣と共に頭を捻り、ばっちりと予習済みなのも大きい。


「少し今日は編み込んでみますか?」

「フフフそうね。いつもと違う感じにして頂戴な」


カイゼルはなんて言うかしら?

可愛いよりも、メイクも服装ももうだいぶ色気がある雰囲気にしているのだから綺麗だと言って欲しいわね。


どちらにしてもカイゼルが褒めてくれるのは間違いなかった。

その姿を想像するだけで顔がほころんでしまう。


「うふふ、こういう時ハンナさんの言っていた通りセイラン様は綺麗というよりも可愛いですね。正真正銘、恋する乙女です」


「な‼こ、恋する乙女って‼」


侍女にクスクスと笑われてわたくしは赤面してしまった。

そして軽いノックが聞こえた。


「おい、そろそろ時間だ」

「えぇ、分かっていましてよ」



部屋から出ると見送りに国境まで来てくれたケビン皇太子と、わたくしの護衛という名の付き添い、ライナスが居た。


ケビン皇太子はわたくしを一目見て眉間に皺を寄せた。


「あら、似合っていないかしら?ケビンお兄様、褒めてくださいな」


もちろん謙遜なんてしない。

似合っていて当たり前の確認である。


「ハァ、これ以上ないくらいに似合ってる。俺と会う時ももっと気合いを入れたらどうだ」

「やー、姫さんマジで美人になったな!」


「フフフ‼ありがとう。ケビンお兄様と次会う時の気合いは検討するわ」


ライナスと新しい侍女二人を引き連れ、わたくしは馬車に乗った。


「では、行ってきますわ‼」

「あぁ、身分はあるが十分に気をつけろ」


「あら、誰に言っているのかしら。わたくしは純白の悪女様でしてよ??わたくしの首を取れるのは神かカイゼルくらいでしてよ‼」


「ハッ‼セイランらしい!そのカイゼルに裏切られたらいつでも言え、仇はとってやる」

「フフフ、そんな日は来ないわね‼」


馬車が動き出し、ケビン皇太子達を除いた一行はゆっくりと国境に向かった。


以前は処刑から逃れ、逃げるように渡った国境。

今は皇女として堂々と正面から入れるのがとても嬉しかった。


関所を通り、国境に入る。


カイゼルに二カ月ぶりに会える。

それが嬉しくてたまらなくて、わたくしは異質な感じのするグラス王国に入りながらもどこかフワフワとした浮ついた気持ちでいた。


しかし次の瞬間、殺気を感じた。


それは極弱い殺気。けど一人ではなく複数居て、ベシャッと馬車の窓に土が投げつけられた。


「出て行け!悪女‼‼」

「お前が居ると不幸になる‼出て行け!」

「聖女様とカイゼル様がせっかく幸せになったのに‼」



「黙らせますか?」


わたくしは騎士団の中でも指折りの実力者とはいえ、肩書は皇女。

そのため護衛でついてきてくれた騎士の一人が聞いてくれた。


通常なら黙らせたし怒った。

でも今のわたくしの頭の中はそれどころでは無かった。


「ちょっと待って……今、聖女とカイゼルが幸せになったって……それって……」


別に各々が幸せになるのは良い。でも言い方からして……。

わたくしが絶望に呑まれそうになった瞬間、パン‼と目の前で手を叩かれた。


「姫さんちょっと落ち着け、ここはまだ田舎だ。正確な情報が届いているとは思えないしあの姫さん命のカイゼル殿下が浮気するとも思えねぇ。なんかあったんだきっと」


「そう……そうね、きっとそう……」


そう、何かがあった。あと二、三日も馬車を走らせれば王都に着く。


そうすればカイゼルに会えて、なんだそんなことだったの、驚いたわ‼とか他愛ない話をする、わたくしはそう思っていたのに、王都に着いてわたくしを待っていたのはなぜかウィリアム殿下だった。





「お待ちしていましたよ、セイラン・マルティネス皇女」


にっこりと王子然として金色の髪を靡かせながらウィリアム殿下が手を差し出してきた。

婚約者であったときもこんな笑顔、見たことが無い。


始めから笑顔ではあったが、わたくしの姿を確認すると一瞬呆けて更に嬉しそうにした。


「……初めまして、貴方がウィリアム殿下でよろしいかしら?お兄様とカイゼルから話は伺っているわ」


一応、違う人間ということなのでそれで通すように言われているため、わたくしが挨拶をするとウィリアム殿下もまるで初めてあった女性の様にわたくしの手をとってキスをしてきた。


「えぇ、名乗り遅れて申し訳ない。私が王太子のウィリアム・ハイドラントです。以後お見知りおきを、美しい人」


ウィリアム殿下の言葉にわたくしは目を見開いた。


「王……太子??そんなまだ決まっていないはずじゃ……」


「グラス王国のことをよくご存じですね。そうです。丁度三か月ほど前に陛下に呼ばれて王太子に選ばれまして」


「……あの、カイゼルは…………どこでしょうか??」


「あぁ、あのポンコツですか、あれには近寄らない方が賢明かと何しろアレは今、聖女リリアンの愛人なのですから」


「あ、愛人⁉」


自分でも驚くほどに悲痛な声が出た。ウィリアム殿下は自身の言葉に一喜一憂するわたくしが嬉しいのか、うっとりとした顔つきで見てくる。


わたくしとカイゼルは互いに口約束の婚約者ではある。

けれどそれを証明する書類は無い。


なぜならカイゼルは婚約者のセイラン・アーヴィンを亡くしたため現在は喪中だから。


計画ではウィリアム殿下と聖女はカイゼルが説得しているはず。

でもこの雰囲気は完全に味方とは思えない。


カイゼルが聖女の愛人になるなど計画に無いし、信じたくもない。


一体、何がどうなっているのかしら??



面白い!続きが気になる!と思っていただけたらやる気につながるためブックマークや評価をお願いします‼<(_ _)>


既にしていただいた方、ありがとうございます‼


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