61話 プロモーション
鈴が違った鳴り方をしたその日の夕食に、わたくしはケビン皇太子からチェスに誘われた。
「チェス……一応ルールくらいは知っているけれど頭を使うのは苦手でしてよ」
「まぁそういうな。カイゼルが居なくて暇になったんだ、今晩だけ付き合え」
「あら、兄妹でチェスなんて素敵ね、私もご一緒していいかしら?」
意外にも皇后、ウルス陛下もノリノリで入って来た。
皇帝も来たがってはいたが、まだ公務が終わっていないらしく泣く泣く書斎へと戻って行った。
何だか、本当の家族みたいだわ……。
ケビン皇太子の思いつきで皇帝一家の中に入り、わたくしは異端であるはずなのに三人とも本当の家族の様に接してくれる。
それが心地良い反面、少し怖かった。
貴族の社交とは表と裏がある。
家族らしく振舞うのが表とするならば、裏は何を思っているのかしら?
「何でこんなに良くしてくれるの?って顔ね、セイラン」
暖炉のある応接室の様な一室で、皇后陛下に図星をつかれてわたくしはドキリとしてしまった。
皇后はケビン皇太子とチェスをしつつも、わたくしのことを視界に入れていたらしい。
「えっと…………」
「ふふ、そう怯えないで頂戴。私達は貴方に対して感謝こそすれ害を成そうとは思っていないわ。
この可愛くない完璧息子が最近楽しそうだから、私達も貴方を温かく迎え入れようと思ったの。貴方に助けられて勇気をもらった民も数知れない。害する理由なんて無いんじゃないかしら?」
コツンとケビン皇太子がポーン(兵隊)を一コマ進めた。
「可愛くないとは何ですか、俺はかなり愛らしい子供だったと思いますよ」
皇后がクイーンを斜めに進める。
「あら、見た目の問題ではないわ。中身の問題よ、私の子供だから仕方が無いけど、どこか大人び過ぎて可愛げが無かったわ。偶に見せるわざとらしい子供らしさも小賢しいし」
「これはこれは、失礼致しました。何分子供だったので子供らしさがどういったものか把握しきれていなかったもので」
ケビン皇太子がまたポーンを進め、わざとらしいくらいに恭しく頭を下げる。
「フフフ!仲が良いわね……皇后陛下、温かく迎え入れていただいてありがとうございますわ」
「いいのよ、それよりも本当の母の様にお母様と呼んで頂戴。何ならお悩み相談にも乗ってあげるわよ?」
お悩み相談と言われてわたくしはパチリと目を見開いた。
皇后陛下が言った通り、この何でも見通して先を行く感じはケビン皇太子とよく似ている。
「……その、民にはどうすれば好かれるのでしょう?……わたくしは普通の淑女ではありませんわ。普通の中にわたくしを押し込めようとももう思わない…………お、お母様の様に王や皇帝の伴侶として好かれるにはどうすれば……」
カイゼルに相談して普通と逆方向に向かうことは決めた。
でも、こう何というか、明確な答えが欲しい。でないとまた同じことの繰り返しになってしまいそうで怖かった。
「ハッ!何だそんなことを悩んでいたのか!そんなもの答えはとうに出ているだろう?」
わたくしの問いに答えたのは皇后ではなく、またポーンを進めたケビン皇太子が答えた。
「答えは……出ている??どういうことかしら??」
わたくしの質問に今度は皇后が答える。
「セイランがこの帝国では愛されて、王国では嫌われている、その違いはなぁに?」
皇后がナイトを動かし、ケビン皇太子のクイーンを取る。
「違いは……ケビン皇太子、かしら?」
「お兄様と呼べ、俺の違いもあるがそれ以上に帝国と王国でのセイランの違いは実績だ」
「実績……」
「そうだ」
ケビン皇太子は今度はビショップを進めて皇后のナイトを取った。
「力が全ての野獣部隊に俺の口利きで入ったが、実力で副隊長の座をもぎ取り、その索敵能力で誰よりも早く魔物を見つけ討伐している。ベア達、上の者は指揮が基本で動かないというのもあるが、今では魔物の討伐数はお前が一番多い。
その目立つ容姿が噂になり、セイランの姿を見つけて勇気を与えられた者、家族を守る最後の力を絞り出すことが出来た者、実際に助けられた者も数知れない」
皇后はクイーンを進め、ケビン皇太子の言葉を引き継いだ。
「その他大勢に好かれるにはね、理由が必要なのよ。それには実績が一番分かりやすいの。セイランは女であり、剣も使えるのだからそこを利用しなさい。
他の令嬢が真似できない位置に居ることが出来るというのはとても良い事なのよ?
他と比べられない、それはすなわち一番すごい人になれる可能性を秘めているの」
「セイラン、媚びることが苦手ならそれでいい、突き進め、誰でも分かる実績を積めば、おのずと民はついて来る。俺が保証してやる」
コッと音をたててケビン皇太子はポーンをまたしても一つ進めた。
そこは皇后の陣地の最奥。そして皇后に向けて手を出した。
「母上、先ほどのクイーン、返してもらえますね?」
「あら、嫌な子ね」
ケビン皇太子が行った手はプロモーション。
一番弱いポーンが敵陣地の最奥に突き進み、到達すれば、一番強いクイーンにも成れる手。
「実績……ケビンお兄様、お母様、ありがとうございます。道が、見えた気がするわ」
「ふふ、お安い御用よ」
皇后は言いながらルークを動かした。その瞬間ケビン皇太子の顔が曇る。
「ふふ♡あと三手で終わりかしら?セイランに良いところを見せようとしているからこうなるのよ」
「…………」
「プ!フフ‼ケビンお兄様のそんな顔初めて見るわ‼」
「黙れ」
ケビン皇太子は、初めて見る嫌そうな悔しそうな顔をして唸った。
そして当然、ケビン皇太子が皇后に負けたあとにわたくしとケビン皇太子でやったところ、ハンデ有りなのに瞬殺されてしまった。
翌朝、わたくしは晴れやかな気持ちのまま、皇宮の屋根の上で素振りをしていた。
相変わらず、鈴の音がけたたましく鳴っている。
マナーの授業の時に一回だけ音が違った。
でも、あれが正解??
あの時、他と違ったことと言えば足腰が疲れていて、それで頭からつま先まで全体で動こうとしたこと。
体全てに気を遣うということ??
試しに頭、手、足、全てに満遍なく気を遣いながら音を鳴らさない様に素振りをしてみた。
チリリリリィーン!
‼‼‼
ちょっと、ほんのちょっとだけ音が変化した。
でもまだ足りない。体全身に気は配っている。それでも音が鳴るのは……
考えていると、目の前の剣が目に入った。
剣を振ったとき、最後に剣先が振られるからそれに応じて体の鈴が鳴っている。
だったら、剣先を意識して最後に振られないように……。
先ほどよりも少し遅く、風を斬る音も無く、刃が潰された剣を振った。
チリィーーーン
余韻に浸れそうなほどに美しい音色が響く。
あの不快な音ではなく、全ての鈴が一斉に動いたことで音が綺麗にそろったのだ。
これ…………この感覚‼‼知っているわ‼‼
剣先に命を吹き込むように、そして全身にも神経を張り巡らせたその感覚は、わたくしが音も無く戦う時のそれによく似ていた。
「おやぁ?セイランちゃん、鈴はどうしたんだい?」
「もう必要なくなった、と思うわ。ベア隊長手合わせお願いしますわ」
わたくしは演習場で朝礼などが終わると早速ベア隊長に手合わせを願い出た。
「おやおや、早かったね。昨日は何か皇女教育で良い発見があったのかな?」
「‼‼‼‼‼やっぱりベア隊長が!」
「何のことかな?とりあえず、お喋りはいいからかかってきなさい」
ベア隊長がわたくしに剣を向けるがわたくしは動かない。
じっと自分の体と剣と、ベア隊長だけに神経を注ぐ。
「今日はわたくしから行きませんわ。たまにはベア隊長に先手をお譲りします」
わたくしの言葉にベア隊長は目を見開き、嬉しそうに笑うと真っすぐに駆けてきた。
そして彼の体に合わせた少し大きめの剣を振りあげ、思い切り振りぬいてくる。
わたくしはその剣を紙一重で躱し、背後から伸ばされたベア隊長の手を掴み懐に入って思いきり投げ飛ばす……はずが、すり抜けられて間合いを取られた。
「いや、まさか本当に気がついてすぐに出来るとは……天才とは恐ろしいね、セイランちゃん」
「師匠達がとても優秀なだけでしてよ」
余裕綽々で答えるがその実、わたくしの心の中は狂喜乱舞していた。
ベア隊長がわたくしに自分から間合いを開けるのは初めての事。
それだけわたくしに警戒しなければならないという証。
わたくしは喜びのまま、剣をきっちりと構え直した。
「今日は覚悟して頂戴な、隊長交代への第一歩でしてよ‼‼」
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既にしていただいた方、ありがとうございます‼
動きの違いに関しては次回もうちょっとちゃんと出てきます。




